北総7000形








概 要


1979年(昭和54年)1月〜2月に、京成グループ会社として設立した 北総開発鉄道の第1期線 北初富〜小室間開業に備え(1979年3月9日開業)、6両編成3本18両新製した。

1972年以降親増備を続けていた京成3500形同様に車体外板のみステンレス鋼を採用したスキンステンレス構造を採用した。

編成は先頭車がTc(制御車)、中間車がM(電動車)で、車両番号は中間車に7100番台、制御車に7000番台が与えられた。構成は以下の通りである。

←松戸・北初富

7002-7104-7103-7102-7101-7001

7004-7114-7113-7112-7111-7003

7006-7124-7123-7122-7121-7005

編成名は松戸・北初富方の車両番号から`7002編成` `7004編成`と呼んだ。

7100番台は奇数号車に下枠交差式パンタグラフを、偶数号車にの電動発電機(MG)を、制御車にC-2000M空気圧縮機(CP)をそれぞれ設置した。

外観スタイルは、運転席部分がフランス国鉄(SNCF)で当時導入されていた電気機関車(CC6500形やBB7200形など)に類似したΣ形の独特な前頭部形状を採用したことから ‘ ゲンコツ‘ ‘ 買Jット‘ 等と呼ばれた。
このスタイルは、運転席からの下方視界確保よりも運転台計器類等の映り込みを少なくする手法として、本家のフランスで採用していた。北総7000形では計器のレイアウトから、この効果は少ないが運転台後方客室仕切窓や、運転士自身の顔の映り込みの少なさが確認されている。
前面ヘッドライトは当時の京成3000・3050形更新車同様に上部中央に2灯配置し、ガラスカバーで覆った。尾灯・急行灯は下部左右に横並びで配置した。その他前面窓部と側面に種別・方向幕を設置した。


日本の鉄道車両としては初めて側面と前面に、ブルー基調のカラーフィルムが貼付された。側面はブルーの濃淡ツートンカラーとなり、当時の鉄道車両としてはかなり斬新な配色だった。カラーフィルムは住友スリーエム製で、製作前に難燃性であることを確認し、都営地下鉄浅草線に乗り入れるためのA-A基準をクリアした。冷房装置は集約分散式CU-151で、外観上は一体化した。


室内は、模様入りベージュ系のデコラ化粧板に、オレンジ系表地のシート、レンガ色の床敷物を使用した。天井は冷房吹き出し口のみで、補助送風機は設置しなかった。同時期に登場した京急800形と同様に完全空調により側窓の大部分を固定化し、各車端部両端の4ヶ所に排気扇を設置した。側窓への熱線吸収ガラスの採用でカーテンを省略した。その他つり革も省略し、天井から握り棒を設置した。空調は、冷房吹出口のみで、補助送風機は設置しなかった。妻面は貫通路を全て狭幅とし、妻窓を設置。中間車の7100番台末尾1・4の車両は松戸方(後の都心方)、末尾2・3の車両は小室方に貫通扉を設けた。
客用側扉・貫通扉・乗務員扉は全て壁面同色のデコラが貼仕上とし、金属部分が見えず暖かみのある内装で好評だった。


優美なデザインが好評だったことから1980年に鉄道友の会からローレル賞を受賞した。


性能は、東洋製界磁チョッパ制御装置を採用。回生ブレーキ併用電磁直通ブレーキ、マスコン・ブレーキハンドルで京成の界磁チョッパ車のAE形や後にデビューした3600形とは仕様が異なる。駆動装置はTDカルダンもしくはWNカルダン併用で、直流複巻モーター(出力130kW)を採用。主電動機は東洋製・三菱製2社を併用した。


走行性能は起動加速度が2.8km/h/s(新京成松戸発着時代・4M2T)または3.3km/h/s(都営浅草線直通開始後・6M2T)、設計最高速度は120km/hだが、高速の伸びがあまり良くなく営業最高速度は105km/hであった。

メーカーは編成単位で異なり、7002編成が川崎重工製、7004編成が日本車輌製、7006 編成が東急車輌製。




優美な外観スタイルの7004

東松戸    2006年10月8日

撮影時は晩年で、7000形は7004編成のみ在籍していた。



7112の側面スタイル

泉岳寺   2006年11月28日

側窓はHゴム支持の固定式。
側客用扉窓もHゴム支持方式だった。



7113側面

京急蒲田    2007年2月1日

系列会社‘京成グループ‘ロゴは2001年に貼られた。




7003車内

2006年5月23日

天井の吊り棒が特徴だった。撮影時は晩年で老朽化も進行していた。



都営5300形、京成3700形と合流した7004

泉岳寺   2006年6月28日

Σカットの傾斜が特徴だった前面









第2期線開業前の動向・事項等


暫定的に、新京成電鉄松戸〜北初富間に乗り入れる運用がメインだった。

1984年3月19日の住宅・都市整備公団鉄道小室〜千葉ニュータウン中央駅開業後は(北総開発鉄道とは別会社で乗入扱いだったが、運用ほか乗務員等は北総開発鉄道が委託)、当時の住宅・都市整備公団所有の2000形(現千葉ニュータウン鉄道9000形)と共通運用とされた。

行先方向幕の‘千葉ニュータウン中央‘の駅名表記は開業当初は ‘ニュータウン中央‘だったが、数年後に‘千葉ニュータウン中央‘に変更した。










京成線・都営浅草線・京急線乗入対応工事


1991年3月31日の第2期線の京成高砂〜新鎌ヶ谷間開業時より、京成線・都営浅草線・京急線への4社局相互直通運転を開始した。それに伴い、1989年10月に7002編成、1989年12月に7006編成、1990年3月に7004編成といった順で京成・都営・京急乗入対応を中心にした以下の工事を行った。

・各社局に入線可能な列車無線アンテナを搭載。

・つり革を全車両に取り付け。

・座席の地色をオレンジから京成3600形などと同様にレッドに変更。







8両固定編成化


2期線開業が迫った1990年11月下旬に車両番号を7200番台とした中間電動車2両ユニット3本(7201〜7206)を増備して8両編成化し、以下の編成を組成した。
この増備した7200番台中間電動車偶数車に補助電源装置としてMGに代えてSIV(静止形インバータ)を搭載したほか、奇数号車にパンタグラフを1台搭載した。

既存の車両と差異は、側面窓が2段式で上段が開閉可能となった点が異なる。
7200番台奇数車は千葉ニュータウン方・偶数車は都心方に貫通路を設置した。
制御装置は界磁チョッパ、駆動装置はWNカルダンで7100番台と差異はない、モータも三菱製の7100番台同一のものを搭載した。


←西馬込・羽田空港・高砂 

7002-7104-7103-7202-7201-7102-7101-7001

7004-7114-7113-7204-7203-7112-7111-7003

7006-7124-7123-7206-7205-7122-7121-7005


この時点で先頭車は制御車(Tc車)だったが、京急側の特例を経て1991年3月31日以降も乗入可能とした。

増備した7200番台7201〜7206のメーカーは全て日本車輌製。


中間増備車7200番台7203の側面

京急蒲田  2007年2月1日

1990年製ながら側窓は2段となり、上方下降式とした。



7203-7204ユニット

京急蒲田  2007年2月1日



中間増備車7200番台7203の車内

2006年6月28日

室内は、内装色等1979年に製造した他の車両と大差はなかった。











先頭車電動車化工事


京急乗入から1年以上経った1992年に先頭車を電動車化するよう京急側から要請を受け、1992年10月に7002編成、1992年12月に7006編成、1993年3月に7004編成といった順で先頭車の電動車化工事を行なった。

内容として制御機・主電動機・台車等の機器は全て変化せず、7100番台のうち末尾2と3の車両をT車化(付随車化)、先頭車と7100番台の末尾1と4の車両で電動車ユニットを組むように変更した。その際、補助電源装置のMGは既存のものを中間の付随車に配置した。尚、パンタグラフ2台搭載していた7100番台末尾3が都心方先頭車7000番台偶数車とMMユニット組む為、車両配置を入れ替え、各編成末尾4→末尾3、末尾3→末尾4と車号を交換する形で改番した。

この際、1990年に中間増備した7200番台はこの工事では特に手を加えず、2両ユニットのまま中間電動車として7100番台末尾2と3の車両に挟み使用した。

先頭台車M化による改番により、貫通扉は7100番台末尾1.3の車両と7200番台偶数車は千葉ニュータウン方、7100番台末尾2.4の車両と7200番台奇数車は都心方に貫通扉がつく配置となった。






1993年春以降の動向、改造、特筆事項等


先頭車電動車化工事が終了した直後の1993年夏に、千葉ニュータウン寄りの先頭車に空気圧縮機を2台搭載することになり、京成で廃車となった3000形等で不要となったC-1000を流用して搭載、既存のC-2000-Mと並べて設置し連動運転する様にした。CPの2台搭載は他社でよく例を見るが、異種のCPの2台搭載はあまり例を見ない。

2001年3月に、グループ会社 'K▼SEI GROUP' ロゴを側面扉横に配した。

7000形の車体は前述の通り外板はステンレスであるものの骨組が普通鋼のスキンステンレス構造であり、21世紀に入り、後に増備した7200番台中間電動車以外は車齢20年以上経ち、老朽化が進行したことから廃車の計画が浮上した。

2004年7月に‘ 北総開発鉄道‘は ‘北総鉄道‘ と社名変更。その際、車齢25年経ち廃車計画のあった7000形の車体側面の社名表記プレート‘北総開発鉄道‘ は‘ 北総鉄道‘へラッピング式で行われた。このため、‘ 北総開発鉄道‘の表記が透けて見えた(7300形・7800形はプレート自体を取り替えた)。


マナー強化のため2006年4月以降も在籍した7004編成に限り、2006年2月に優先席付近の吊革をオレンジ色タイプに変更した。






廃車

京成新3000形と同一設計でデビューした7500形7501編成・7502編成の営業運転開始に伴い、7002編成と7006編成が2006年3月下旬に廃車となった。

編成中で1990年11月に新製した7200番台中間電動車も新造から約15年で同時に廃車となり、1990年代の平成時代に製造された通勤形車両としては初の老朽廃車となった。


そして、7500形7503編成代替に2007年3月14日付でに7004編成が定期運用から離脱、2007年3月25日にさよなら運転を行ない、その後廃車となり、約28年の生涯に幕を閉じた。7004編成は、運用離脱直前の2007年2月下旬より、‘さよなら7000形‘のヘッドマークが掲げられ運用に就いてた。

国内で界磁チョッパ車の完全形式消滅は、2006年5月に全廃となった小田急9000系に続き2番目だった。

北総車オリジナル車の廃車はこの7000形が初で、解体は印旛車両基地構内にて行った。


晩期、‘さよなら 7000形‘のヘッドマークを掲げ運用に就い7004

京成高砂    2007年3月7日







車両データ




車歴表

車号 製造 メーカー 京成線・都営線・京急線乗入対応工事 先頭車M化工事 廃車
7001・7002 1979年 1月 川崎重工 1989年10月 1992年10月 2006年 3月
7101〜7104
7003・7004 1979年 2月 日本車輌 1989年12月 1992年12月 2007年 3月
7111〜7114
7005・7006 1979年 1月 東急車輛 1990年 3月 1993年 3月 2006年 3月
7121〜7124
7201〜7202 1990年11月 日本車輌 - - 2006年 3月
7203〜7204 1990年11月 日本車輌 - - 2007年 3月
7205〜7206 1990年11月 日本車輌 - - 2006年 3月


※7100番台末尾 3, 4, の車両は先頭台車M化工事の際、車両入替に伴い車号交換(改番)。








主要機器 以下は1993年夏以降のものを示す



制御方式・主電動機・駆動装置・台車

制御方式 主電動機 駆動装置 歯車比 台車 搭載車両
界磁チョッパ TDK-8640-A
(130kw)
TDカルダン 85:16 HS-101 7001・7002・7101・7104・7003・7004・7111・7114
界磁チョッパ MB-3231-AC
(130kw)
WNカルダン 85:16 HS-101 7005・7006・7121・7124・7201〜7206
HS-001 各編成T車 7102・7103・7112・7113・7122・7123





補助電源装置

補助電源装置 搭載車両
CLG350S
(120kVA ・MG)
7102・7103・7112・7113・7122・7123
BS-483-B
(110kVA ・SIV)
7202・7204・7206

空気圧縮機

空気圧縮機(CP) 搭載車両
C-2000M
(2.000l/min)
7002・7004・7006
C-2000M(2.000l/min)+
C-1000(1,180l/min)
7001・7003・7005