京成電鉄3300形  京成3300形 青電 赤電 リバイバル等    京成 モハ3300形  京成3300型  製造(竣工年月)、経歴やモーター( 主電動機 )、コンプレッサー(空気圧縮機、CP )、補助電源装置 ( MG ) 制御装置 歯車比 等も調査できます。  

京成電鉄3300形  京成モハ3300形

京成3300形2次車  ( 3317~3350・3353~3356 )




 製造初年から、2012年5月現在までの経緯等を中心に解説します。








3300形1次車3301~3316、および3300形1次車をリースした北総7260形の詳細についてはこちらをクリックして下さい





概要



3300形の増備車として、1969年(昭和44年)12月~1972年(昭和47年)3月に3317~3350・3353~3356 計38両製造。

赤電形式初期形の初代3000形初代3050形3100形1次車と混結を考慮し、金属バネ台車とした。

基本編成は1次車3301~3316の続番とし、2両MMユニットで成田方から3317~3320編成、3321~3324編成の4両編成とした。1次車同様、ユニット境は密着連結機で狭幅貫通路(中間奇数号車に貫通扉設置)とし2両分割可能な4両基本編成とした。3300形1次車3200形6M車等同様、全車M車だが先頭車先頭側はT台車とした。尚、3351~3352は諸事情のため欠番としたため、3349~3350は成田方に先頭車をもつ2両ユニット半編成とし、他の4両編成と組み6両編成組むことを通常とした。詳細形式名は先頭車・中間車共に‘モハ3300形‘。


3300形1次車と外観上の差異は、前面上部中央・側面に横書表示の種別・行先方向幕を搭載したこと、側客用扉をステンレス製・窓支持金属支持押さえ(H黒ゴムなし)のタイプを採用したことで、印象は異なった。従って、このグループから、戦前より使用してきた京成名物の‘めくりタイプ‘の行先表示板は、方向幕不具合時や、種別・方向幕非搭載車と混結時等に使用するための予備用として残す以外使用停止とした。1960年代以降にデビューした関東大手私鉄他社新形式は、前面に電照式の方向幕が主流となり、京成も永年の伝統を破棄し、3150形3187~3190で試験搭載の後、新造車には方向幕搭載する方針に切り替えた。よって乗務員室での行先表示の操作も可能とした。側面の電動・電照式方向幕は、関東の通勤形車両としては、1967年(昭和42年)の京王5000系増備車に続き2形式目で、1969年(昭和44年)当時では斬新なものだった。以後、1970年代以降、関東通勤形各形式新造車で側面方向幕は波及した。尚、京成通勤形車両では、他社に多くあった前面のみ電照方向幕搭載車は存在したことはなく、前面・側面幕と連動した方向幕を搭載する方針をとった。

その他は3面角丸妻の前面スタイルや、前面上部左右に前照灯2灯設置、大形3枚歯のアンチクライマーを設置、縮小した運転台・乗務員室窓、側面窓配置等3300形1次車に準じていた。前でも述べたが、方向幕不具合時や、方向幕非搭載車と混結も考慮し、運転室窓下に従来のめくりタイプ行先方向板を設置した。新製直後は、種別は幕のみ表示としたが、3500形がデビューした1972年頃より、京成車の前面種別表示は板表示をすることになり、表示箱を設けた。非冷房時代の赤電形式種別・方向幕搭載車は、3150形3151~3170・3187~3190でも存在したが、3300形2次車に関しては前面種別・方向幕左右に掴み取っ手があったことが特徴だった。


室内における3300形1次車との相違点は、前述の通り側客用扉をステンレス製とし、無塗装とした点が異なった。又、1970年12月に新製した3325~3328は試験的に天井面を無塗装とし、ホワイトデコラ貼とした。その他は3300形1次車と差異はなかった
(ベージュ色壁面デコラにエンジ色シート、ダークグリーン色の床面の配色。天井面はホワイト塗装仕上げとし、送風機としてファンデリアを設置。吊革を扉前と枕木方向に設置し、吊革支持や座席袖仕切、荷棚をステンレス製ポールで一体化した。側客用扉点検蓋、座席掛面、側窓カーテン収納部は鋼製とし壁面デコラ同色のベージュに塗装、中吊広告支持も鋼製塗装仕上とした。乗務員室扉と貫通扉はアルミ製塗装仕上で窓は黒Hゴム支持押さえとした。戸袋部に広告枠を設けた)

細かな点として、ブレーキ作用装置配管のマイナーチェンジを行い、初代3000形~3300形1次車とは制動緩解時音が異なった。

製造順序は、1969年度(昭和44年度)分として3317~3320・3331~3332、1970年度分(昭和45年度分)として3321~3330・3333~3336、1971年度(昭和46年度)分として3337~3350・3353~3356と、厳密にいえば3次に分け落成したが、これらを総称して3300形2次車と呼ぶことになった。又、‘ 3300形金属バネ台車グループ‘ 等と呼ぶこともある。3329~3332編成のうち、上野方2両ユニットの3331~3332は、3321~3330を翌年度増備車とし欠番にしたうえ3317~3320編成と共に落成した。よって、相方2両ユニット3329~3330が落成するまでの間、成田方から3317~3320+3331~3332の6両編成を組み運用に就いていることが多かった。


メーカーは、は汽車会社・東急車輌・日本車輌の3社。汽車会社は1972年(昭和47年)4月に川崎重工と吸収合併した為、1972年3月に新製した3353~3356は汽車会社製最後の私鉄車両となった。


特筆点として、1971年(昭和46年)2月に東急車輌にて製造した3333~3336編成のうち、3333~3334は汽車会社製台車+TDカルダン+東洋製主電動機、3335~3336は住友金属製台車+WNカルダン+三菱製主電動機。初代3000形以降で車号順4両基本編成内で、2両ユニット毎の台車のメーカーが異なる編成は、更新の際4両基本編成化を行った3000・3050・3100形更新車を含め、他に例のない珍編成となった。又、東急車輌製で汽車会社製台車を装備した車両も3333~3334が最初で最後であったほか、先頭車の3333は京成で4桁の車号をもつ車両として、初のゾロ目車号となった。


これらをもって、1958年(昭和33年)の初代3000形より続いた都営浅草線乗入用の通勤形鋼製車両の新製にピリオッドを打ち、3500形ステンレス車・冷房車導入に踏み切った。


更新前の基本編成は以下で、前述の通り基本4両編成で2両分割も可能で、組み替えによりこれら38両で4両単独編成をはじめ6両・8両を組成することが多かった(◇は先頭車)。


←京成成田・京成千葉

◇3317-3318-3319-3320◇    ◇3321-3322-3323-3324◇     ◇3325-3326-3327-3328◇    

◇3329-3330-3331-3332◇     ◇3333-3334-3335-3336◇    ◇3337-3338-3339-3340◇  

◇3341-3342-3343-3344◇    ◇3345-3346-3347-3348◇    ◇3349-3350              

◇3353-3354-3355-3356◇



 新製直後の3324

 青砥~京成高砂   1970年12月末





 新製から6年経った頃、旧赤電塗装時代の3348

 京成高砂    1977年5月


3200形のスタイルを継持しデビューした3300形だが、2次車では金属バネ台車を履いたほか方向幕搭載や側客用扉黒Hゴムなしステンレス製としたことで、個性的なスタイルをもった。














冷房化前の経緯・事項等


1970年代~1980年代初頭、赤電形式は、3200形3100形等他形式混結が頻繁に行われ、両扉車+片扉車といった編成も珍しくはなかった。3300形2次車も1970年代初頭までは、金属バネ台車をもつ種別・方向幕非搭載車・2両固定編成の初代3000形3050形3100形1次車を上野方に連結し6両編成で運用に就くこともあったが、その際は種別・方向幕が使用停止となったため、1970年代後半以降は、3300形2次車38両のみで4両編成、6両編成に組み替え運用に就いた。




1981年(昭和56年)1月~12月、全般検査・重要部検査時にファィアーオレンジベースにモーンアイボリー帯への塗装変更を行なった。それと近時期に、方向幕を白地・黒文字タイプから、青地・白文字タイプに交換し、1982年(昭和57年)夏までに全車交換し。時期的な関係上、ファィアーオレンジベースにモーンアイボリー帯の新赤電塗装で白地方向幕を持った車両もいたが、時期は極めて短かった。


ファイアーオレンジベースに塗装変更後も、白地方向幕を使用した3344

 町屋~千住大橋    1981年8月14日



 ファイアーオレンジベースに塗装変更後、青地方向幕に変更した3328

 千住大橋   1984年7月7日

撮影時は3300形2次車の冷房化単独工事が始まり、3325~3328も撮影翌年に冷房化を行った。









冷房化工事


1984年(昭和59年)6月に3349~3350・3345~3348を皮切に横浜の東急車輌にて冷房化単独工事を順次行なった。在来車の冷房化工事は、1983年(昭和59年)3月より開始した3150形更新時より始まり、3300形は2形式目となったが、更新を伴わない工事は初だった。3300形に関しては車齢の若い2次車(3317~3350・3353~3356)から行い、完了後、1次車(3301~3316)の工事を行った。

内容は、屋根ベンチレーターを全て廃し分散式冷房装置を1両あたり3台搭載。室内はファンデリアを全て廃し、冷風吹出口に加え、冷風撹拌として東芝製首振扇風機を設置。先頭車乗務員室直後に関しては、冷風ダクトを設けたが、3600形同様に同箇所の扇風機は非設置とした。同工事に伴い、天井部平面部(蛍光灯から内側)は全て光沢ホワイトデコラ貼仕上とした。冷房化に伴い、MGの大容量化を行った。室内枕木方向の吊革棒は、冷房ダクト蓋開閉時に支障があるため支持棒と共に撤去したが、1988年(昭和63年)以降、吊り革増設の際、冷房化前とは異配置で再設置した。


 写真のように枕木方向の吊革支持棒は、冷房化により撤去した箇所もあり、新規に設置した箇所もある

 3334天井部   2012年3月14日

撮影時は更新から20年以上経った時期だが、吊革支持棒の配置は冷房化後は変化ない。





又、側面扉開閉確認灯を2灯化・カプセル形一体ケース化、アルミ製塗装仕上の室内乗務員扉・貫通扉窓支持を黒Hゴムから太金属支持押さえに変更した。その他、外観・室内共に大きな変化はなかった。又、1984年(昭和59年)当時冷房化を伴った更新が進行していた3150形とは異なり、側窓開閉範囲は従来と変わらずラッチ方式変更も行わなかったため、側窓保護棒も残った。

その他、冷房化に伴い、車体重量増加に伴い制御装置や駆動装置・主電動機を改良した。


工事は4~6両単位で行われたが、1985年(昭和60年)6月以降に出場した3333~3336を皮切に宗吾の大榮車輌で4両編成単位で行われ、それらの車両に対しては、室内扇風機台座が鋼製白塗装タイプからアルミ無塗装タイプになった(3333~3336の他、3317~3324・3337~3340が対象だが、扇風機台座に関しては、東急車輛で冷房化工事を行った車両に関しても後の更新時に全車アルミ無塗装タイプに変更した)。

1986年(昭和61年)4月に出場した3337~3340を最後に3300形2次車の冷房化は完了し、京成で方向幕付の非冷房車は消滅した。

試験的事項で、1984年(昭和59年)7月に冷房化工事済だった3342・3343で、工事から1年近く経った1985年(昭和60年)3月に、室内送風機を
東芝製首振扇風機から東芝製ローリーファンに変更した。ローリーファンは、他車には採用されず、3342・3343に関しても1986年(昭和61年)7月の全般検査時に東芝製首振扇風機に戻した。

   冷房化後の3320

 京成高砂    1988年3月19日

外観は、屋根に分散形冷房装置を搭載した以外変化はなかった。
撮影時は成田方から3333~3334+3317~3320の6両編成を組んでいた。


 冷房化後の3342・3343車内に一時的に設置したローリーファン

 3343車内   1985年11月27日




前述のとおり、冷房化単独工事は車齡の若い形式から順次行い、このグループが完了した後は3300形1次車を行った。3150形3200形は更新と冷房化同時施行であったため、3300形1次車の冷房化完了後は、更新時に冷房化を行わなかった3100形2次車→3100形1次車→初代3050形と進み、工事内容はいずれも3300形2次車に準じた内容で大榮車輛にて行った。3300形2次車の冷房化工事を開始した1984年度(昭和59年度)以降、鉄道車両冷房化100%となった1990年度(平成2年度)末までの7年間は、通勤形車で改造車・新造車を含め毎年度40両平均位で冷房車を増加し、1980年代後半期の京成は、通勤形車両冷房化促進一直線な状態だった。











冷房化後・更新前の経緯・事項等


1985年(昭和60年)7月末から約1ヶ月間、3321~3324編成の成田方に、3200形8M車の最初期更新・冷房化工事出場車ユニットの3213~3214と混結した6両編成を組んだ。冷房化後、他形式混結は最初で最後だった。

冷房化完了した1986年(昭和61年)に、前面予備用の行先表示板を撤去した。

非冷房時代同様に4・6・8両で普通から特急・通勤特急まで幅広く使用した。

1990年(平成2年) 3月~6月に、3337~3340・3353~3356を除く車両で、冷暖房使用時の保温対策として扉開閉選択装置を設置。長時間停車時等、1両あたり3扉のうち中央扉のみ開く選択を可能にした(3337~3340・3353~3356は後述の更新時に施工)。





更新


1990年(平成2年)2月上旬、3300形1次車で唯一未更新だった3313~3316に先立ち、3353~3354を皮切に更新を行った。
最初に出場した3353~3354の相方ユニット3355~3356は、1次車の3313~3316を1990年4月にクロスシート試作車として更新出場させたことから、一旦中断し1990年6月に出場。 以後2次車の更新を本格的に行った。 内容は3300形1次車に準じ以下の内容等で行い、外観・室内共同一とした。

・前面は前照灯・尾灯を腰部左右に配置し、上部左右に急行灯を別途新設した。

・側窓のユニットサッシュ化、ユニット間の妻窓を廃止したほか、先頭車乗務員室を拡大したのに伴いその直後の窓を縮小。

・従来の方向幕は、位置を変えずに20コマタイプから40コマタイプに変更し、前面は行先のみを表示するタイプに変更した。

・前面貫通扉を3300形1次車同様に、手動種別幕付のものに変更し、窓部は金属支持方式とした。

・室内乗務員扉をアルミ製塗装仕上左右開閉タイプからステンレス製無塗装タイプに変更し、先頭車の中間埋込時は乗務員室・運転室共に仕切れる方式に変更。

・部品を共有化することから、従来のステンレス製客用扉を、3200形6M車や3300形1次車と同タイプのステンレス製のものに交換した。

・室内は壁面をイエロークリームデコラとし、貫通扉は全てステンレス製無塗装タイプを使用、座席・床面を更新前同色新品に変更、天井面は白デコラ貼としたほか、座席掛面のステンレス化、側客用扉点検蓋を壁面同色デコラ貼仕上とする等(新製時よりデコラ貼だった3325~3328も更新時に張替)、無塗装化を行った。

・京急線乗入対策として先頭車台車の前後振替(先頭側がM台車となる様)。

・電子フォーン音警笛の採用。

・空気圧縮機の交流電動化。


室内蛍光灯のうち1両あたり4本を停電時の予備灯兼用とし、予備白熱灯を廃止した。


・初期に更新した3337~3340・3353~3356で、冷暖房使用時の保温対策として扉開閉選択装置を設置。長時間停車時等1両あたり3扉のうち中央扉のみ開く選択を可能にした(他車は更新前に施工)。


・空転等防止強化対策としてT台車をもつ先頭車のブレーキ作用装置配管が変更となり、3300形1次車と同タイプのものを採用した(更新時に中間化した車両は変化していない)。


・主電動機を東洋・三菱製共、同一新品に交換した。



尚、吊革・袖仕切り・荷棚のステンレス製ポールは、基本的には更新前のまま変化はなかったが、初期に更新を行った3353~3356以外は座席袖仕切のポール配置を変更した。


更新は全車2両単位で出場。更新前から冷房化していた等の理由から更新入場期間も約2ヵ月程と短かったほか、機器類の改良箇所も少なかった為、開始時より未更新車と更新車の混結も容易だった
最初期に更新出場した3353~3354は、1990年(平成2年)2月上旬から3355~3356が入場する1990年(平成2年)4月下旬までの間、更新車2両ユニット+未更新車2両ユニットで車号順4両の3353~3356で運用に就いた。前後顔の異なった4両編成はファンから注目を浴びた。
1990年(平成2年)4月下旬に3355~3356が更新入場し、更新出場する1990年6月中旬までの間、更新済の3353~3354を未更新車3341~3344編成の成田方に連結し6両編成で更新車2両+未更新車4両の混結編成を組んだ。








 更新直後の3353

 京成津田沼    1990年3月17日

更新後のスタイイルは、3300形1次車と変化はない。
3353~3354は、1990年2月に3300形2次車のトップを切り更新を行い写真の姿になった。撮影時は更新から1ヵ月後の姿で、更新車3353~3354は未更新の3355~3356と4両を組み運用に就いてた。
撮影時は青電形式2100形・210形が全廃となって2年経った頃だが、この3353が約20年後に青電塗装になるとは思ってもみなかった。










 更新後の3322車内

 2007年6月28日

更新後の室内も3300形1次車と差異はなかった。
写真の3322は1991年7月に更新を行ない、2008年3月に廃車になった。


 初期に更新を行った3356車内

 2012年4月23日

上の3322と、座席袖仕切りパイプ形状が若干異なる。3353は撮影時、青電塗装リバイバルカラーとして運用に就いていた。



このグループでは更新後は6両固定編成を基本とすることから、1990年(平成2年)9月に更新出場した3340をはじめ、3317・3321・3325・3332・3336の6両の中間電動車化を行った。 中間化した車両に関しては室内冷風ダクトを廃し、同箇所に扇風機を設置する等、先頭車時代の面影は全く残っていない。尚、このグループは、更新前から冷房化していたことから、6両固定編成化の際、3200形6M車のような2台パンタグラフ搭載やSIV搭載等、4両ユニット化はせず、MG・空気圧縮機、ならびにM台車とT台車の配置も変えずに、単なる中間化工事のみを行った。よって、中間2両MMユニット境を密着連結とし中間電動車2両ユニットの切り離しや編成移動( 他の3300形2次車6両固定編成ユニット境中間に挿入したり、4両基本編成のユニット境中間に挿入すること )も可能なつくりにした。


   更新時に中間電動車化した3336

 京成津田沼   1992年1月19日


写真左は未更新最終2両ユニット3331~3332の3331と隣接しており、窓非ユニットサッシュ・保護棒付であることから判別できる。
撮影時は未更新の3331~3332を挟み、成田方から3333~3336+3331~3332+3355~3356の8両で運用に就いてた。


 中間化を行った3332車内

 2006年10月15日

室内も3200形6M車同様、旧乗務員室・運転台室の面影を残さず改造した。





月2両ペース位の度合で更新出場した結果、1991年(平成3年)12月中旬時点で未更新の営業車は3329~3332編成のみとなり(3343~3344が入場中、3341~3342が出場間近)、同編成が赤電形式唯一の未更新車として最後の活躍をした。 又、京成在籍車で側窓保護棒のある車両は、このグループが最後となった。





 赤電形式最終の未更新編成として千葉線運用に就いた3329ほか4両

 幕張本郷    1991年12月18日

撮影時は3300形更新が終盤に近づいた頃で、3329~3332編成のみ未更新で営業運転に就いていた。






1992年(平成4年)1月に3329~3330が更新入場した後は、未更新で残った3331~3332のみとなった。
未更新だった3331~3332は、更新入場までの間先頭には出ず、両先頭車をM台車とするため更新車6両固定編成の中間に挿入する形で、以下の8両編成で使用した(◇は先頭車
)。


成田空港

◇3333-3334-3335-3336-3331-3332◇-3355-3356◇


最後の未更新車ユニットとして、更新車編成中間に挟まれた3332先頭車(右)、更新車3355(左)と混結。未更新車の側窓保護棒が目立った。

   京成津田沼    1992年1月19日







1992年(平成4年)2月中旬に3331~3332も更新入場し、赤電形式の未更新車は消滅した。


1992年(平成4年)4月下旬に3331~3332が更新出場したのを機に、3300形2次車の更新は完了し、1976年(昭和51年)10月以来15年6ヵ月間行ってきた赤電形式の更新は終了した。 更新により、3300形の外観スタイルや室内は、1次車3301~3316と2次車はほぼ同一となった。


更新直後から、1995年(平成7年)春の塗装変更完了時までは以下の6両固定編成と非固定8両編成に定着化したが(両数の関係上、8両編成も組成した)、4両単位で全般・重要部検査入場するため、その前後に暫定的4両・6両・8両を数ヵ月単位で組むことがあった。◇は先頭車とし、当ページでは‘ 編成1‘と呼ぶ。


編成1

←成田空港・大森台

◇3341-3342-3317-3318-3319-3320◇

◇3333-3334-3335-3336-3343-3344◇

◇3349-3350-3325-3326-3327-3328◇

◇3329-3330-3321-3322-3323-3324◇

◇3353-3354-3331-3332-3355-3356◇

◇3337-3338-3339-3340-◇3345-3346-3347-3348◇


しかし、上記の編成を組成した3300形2次車は、2両ユニット単位で更新出場時期が異なるユニット同士で6両固定編成を組んでる編成が多く、3200形6M車6両固定編成の様に編成配置は定着化しなかった。1999年(平成11年)までは全般・重要部検査は4両単位で入場することが基本だった為、検査入出場ある度に固定編成内でも頻繁に編成を変えていた。又、後述の通り基本的な編成も数回変更を行ない、短期間4両編成や8両固定編成を組んだり、中間に先頭車を挟んだ6両編成も組まれた。

編成で特筆するのは、‘編成1‘でも示した通り、最初に更新時に成田方先頭車を中間電動車化した3340を含む3337~3340は、3345~3346ユニットが更新出場した1990年(平成2年)12月~1995年(平成7年)2月までの間、短期的に6両編成を組むこともなく、永らく8両編成のみ組んでいた。更新進行中だった1991年(平成3年)9月までは3353~3356を上野方に、それ以降は3345~3348と非固定編成の8両を組み、3337~3340と3345~3348、更新出場時期も近かったことから全般・重要部検査は近時期に行った。希に、3337~3340は3317~3320等と8両固定編成を短期で組むこともあった。後述の塗装変更を1994年(平成6年)3月に行ったが、それ以後も3337~3340と3345~33488両編成を暫く組んでいた。3337~3340が更新後のファイアオレンジ塗装時代に6両編成を組んだのは3347~3348が更新出場し3345~3346が更新入場中だった直後に成田方から3337~3340+3347~3348の6両固定編成が組まれたのみで、それ以外は全くなかった。
全般・重要部検査を4両続番単位で行うことから、‘編成1‘でも示した通り中間電動車化を伴った3317~3340は基本的に4両続番で使用していたが、3329~3332に関しては3329~3330ユニットと3331~3332ユニットが編成分かれし、前者は3321~3324の成田方に連結、後者は3353~3356編成の中間に挟まれる形で各々6両固定編成を組んでいた。









更新進行中だった1991年(平成3年)3月31日より、休日ダイヤに京成車6両運用の京急、北総・公団(現千葉ニュータウン鉄道)線乗入運用を開始し、その運用には更新後で先頭台車M車とした3300形2次車6両固定編成を使用することが多かった。


 京急に乗り入れた3328

 京急川崎   1991年9月29日




 北総線に乗り入れた更新直後の3344

 新鎌ケ谷    1992年3月8日

1991年3月31日の北総線2期線開業後、京急線京急川崎~千葉ニュータウン中央が北総線日中の基本運用となり、その運用に休日で京成車6両も使用した。先頭車先頭側がM台車の車両に限定されていた為、更新後の3300形を使用する機会が多かった。






1987年(昭和62年)以降、京成車において金属バネ台車車と空気バネ台車車の混結は不可としたため2次車は1次車空気バネ台車3301~3316と更新後の混結実績は、今日に至るまでない。










更新終了後、1992年4月~2002年12月の主な改造・動向等  



更新直完了後は、6両編成車を組む車両に関しては、本線普通運用、特急運用、都営地下鉄浅草線西馬込口乗り入れ運用まで幅広く使用し、8両編成は優等運用で本線特急や都営地下鉄浅草線乗入運用の急行等に使用した。

日替りで、都営地下鉄浅草線・京急・北総・公団・千葉急行と乗り入れた。更新完了した1992年(平成4年)当時、鉄道会社4社で乗入対応とする車両は、他に例はなく万能車といえた。これは、当グループのみならず、当時6両編成を組み先頭M台車の初代3050形や3300形1次車等でも同じことがいえた。




後述の塗装変更開始前の1993年(平成5年)2月、更新後編成1に異例が生じ以下の6両固定編成を翌1994年(平成6年)3月に‘ 編成1‘のポジション戻されるまで、長期的に組まれ運用に就いた。その間、3321~3322・3319~3320は1993年8月に、3317~3318は1994年1月に重要部検査と共に後述の塗装変更を行った。

← 成田空港・大森台

◇3329-3330-3321-3322-3319-3320◇

◇3341-3342-3317-3318-333-3324◇





1993年(平成5年)12月~1994年(平成6年)1月、3317~3318中間電動車ユニットを2両単位で重要部検査・塗装変更を行う際、以下の順不同の4両編成が短期で組まれた。2008年(平成20年)春以降は通常となった順不同の4両編成が組まれたのは、更新後初だった(以下編成は、2008年以降も組まれた実績はない)。


← 京成成田・大森台・京成金町

◇3341-3342-3323-3324◇





1993年(平成5年)8月以降、3319~3320・3321~3322を皮切に現行標準色のアクティブシルバーベースにヒューマンレッド・フューチャーブルー帯への塗装変更を順次行い、1995年(平成7年)4月に3353~3356を最後に完了した。その際、帯は当時新鋭だった3700形や3400形に合わせ、サイズを太くしたフィルムタイプとしたため、ステンレス枠は側客用扉の一部を除き撤去した。
塗装変更は基本4両単位、一部は2両単位で全般・重要部検査時に行った為、過渡期は6両固定編成でも2両+4両で新旧塗装混結が多くみられた。時期によっては、両端2両が旧塗装のファイアーオレンジ、中間2両が現行標準色の新塗装といった珍編成も運用に就きし、ファンを喜ばせた。

 塗装変更後の3320ほか6両

 京成中山   1994年7月24日

3320は1993年8月に3300形2次車のトップを切って現行標準色に変更。撮影時は成田方から3341~3342+3317~3320の6両固定編成を組み3341~3342はファイアーオレンジ塗装で新旧混結編成だった。



両端ファイアーオレンジ色ユニット2両、中間2両現行標準色の混結編成だった3324ほか6両

 東中山    1994年5月19日

撮影時は塗装変更過渡期。編成は成田方から3329~3330+3321~3324。3321~3322のみ1993年8月に塗装変更済だった。



 更新から3年、ファイアーオレンジ塗装時代の3333

 京成津田沼   1994年8月28日

3300形2次車は、更新後から数年で現行標準色への塗装変更を行い、ファイアーオレンジ塗装・更新後の姿だった時期は短かった。
撮影時は現行標準色への塗装変更への過度期だったが、まだファイアーオレンジ塗装も多く見られた。写真の3333は1994年10月に塗装変更を行い、2012年現在も安泰。留置線に停泊しているのは初代3050形3059~3062編成で、こちらは1994年9月に赤電塗装に戻し、1995年2月に廃車になり、現行標準色への塗装変更の対象からは外れた。







塗装変更が完了した1995年(平成7年)初夏~1997年暮れまでは、3300形2次車の編成も更新直後から変わり、極力検査期限の近いユニット同士で6両固定編成を組むことから、以下の編成で定着化していた。3349~3350は成田方余剰ユニットでいずれかの6両固定編成の成田方に連結し8両を組んだ。3700形や3400形の8両固定編成が続出したほか、1997年(平成9年)6月より3600形も順次8両固定編成化したことにより、長期で8両組む編成はいなくなった。
これも、全般・重要部検査時等は4両で入場したため、編成をばらし、4両編成や8両編成、以下とは異なる6両固定編成等が組まれることはあったが、後に下記のポジションに戻した。前述のとおり、余剰2両ユニットの3349~3350は、走行キロ調整のため、組む6両固定編成は定着せずに、走行キロ調整等の絡みからまれに車庫留置になったりもした。
こちらを当ページで‘ 編成2‘と称す。ここへきて、更新直後より編成分かれしていた3329~3332のうち3329~3330と3331~3332が同編成を組むことになった。




編成 2


← 成田空港・ちはら台

◇3341-3342-3321-3322-3323-3324◇

◇3333-3334-3335-3336-3343-3344◇

◇3345-3346-3325-3326-3327-3328◇

◇3337-3338-3339-3340-3343-3344◇


◇3353-3354-3317-3318-3319-3320◇

◇3329-3330-3331-3332-3355-3356◇

◇3349-3350









京成車6両編成の京急・北総の乗入は両社共1995年(平成7年)3月に消滅し乗り入れる機会が減った。さらに1998年(平成10年)11月18日の京急線羽田空港ターミナル直下乗入後、赤電形式は都営浅草線以外乗り入れなくなった。







1996年(平成8年)10月以降、前面種別幕を従来の太ゴシックタイプから、3400形3418編成以降や3700形2次車以降で採用した新タイプの小文字併用英字入の細ゴシック、ナール調タイプに変更する車両が続出した。幕の入替等で交換した車両で予備品等から旧タイプに戻された車両もいたが、2001年(平成13年)3月までに新タイプに統一した。






1998年(平成10年)1月~1999年(平成11年)1月まで3349~3350は6両を組むことから、8両固定編成が1本組まれ、他に非固定の6両編成が組まれた。以下の編成以外は基本的に編成2と変化なかった(◇は先頭車)。


←成田空港・ちはら台

◇3329-3330-3331-3332-3317-3318-3319-3320◇

◇3349-3350-◇3353-3354--3355-3356◇









1999年(平成11年)1月以降は、3300形2次車で全般・重要部検査入場する車両が続出し、6両固定編成内でも短期間で多々編成替を行っていた。
そして1999年(平成11年)10月時点で、以下の編成に定着化した。又、特例を除き以下の6両固定編成は6両単位で全般・重要部検査入場することになったため、編成を崩すことも少なくなった。こちらを当ページで‘ 編成3‘と称す(◇は先頭車)。



編成 3

←成田空港・ちはら台


◇3341-3342-3317-3318-3319-3320◇

◇3333-3334-3335-3336-3343-3344◇

◇3345-3346-3321-3322-3323-3324◇

◇3337-3338-3339-3340-3347-3348◇

◇3349-3350-3325-3326-3327-3328◇

◇3329-3330-3331-3332-3355-3356◇

◇3353-3354



1999年秋時点では、6両固定編成内で全般・重要部検査期限時期が異なるユニットを組成した編成がいたため、8両編成を組んだり4両編成を組んだりした車両もいたが、検査出場後は以上の編成ポジションに戻された。
2000年(平成12年)2月以降、6両固定編成はいずれかの編成で3353~3354ユニットを成田方に連結する以外は上記の編成から崩すことはなくなり、編成内で全般・重要部検査期限時期が早いユニットが発生した時点で6両固定編成単位で入場した。






2
001年(平成13年)3月に、従来の'Keisei'ロゴを残した上 'K▼SEI GROUP' ロゴを側面扉横に配した。





2002年(平成14年)10月12日の種別見直しを重視したダイヤ改正に備え、同年7月~9月に前面・側面種別幕を各種別を快速=ピンク、特急=赤等と色分したタイプのものに変更した。側面は各種別色地に白文字、前面は白地に各種別色文字となったが、文字体は細ゴシック・ナール調のままとした。並びに2002年秋以降、3600形等同様に前面・側面方向幕を全コマ小文字併用英字入タイプに交換した編成が出現した。



















2003年1月~2007年10月の主な改造・動向等


2003年(平成15年)1月23日、京成大久保~実籾間でワゴン車と衝突する踏切事故を起こし、成田方先頭車3329の台車が大破。編成を組んでいた3329~3330・3331~3332ユニットは調査等のため休車となった。
損傷の少なかった3355~3356ユニットは、タイミングよく、2003年(平成15年)1月末に重要部検査出場した6両固定編成時の成田方2両余剰ユニット3353~3354と組み偶然ながら車号順4両で復帰した。損傷の激しかった3329を含む3329~3330ユニットは、調査の結果、台車や床下機器類等が大破し、1970年代初期の車両であることから、台車・主電動機等部品調達も困難な為、復旧せず2003年(平成15年)3月18日付で3300形初の廃車とした。
3331~3332中間電動車ユニットは2003年3月に復帰し、3353~3356のユニット境にはさむ形で以下の6両固定編成を組んだ(◇は先頭車)。これを機に3300形は6両編成6本体制となり、3353~3356を含む編成以外は‘編成3‘と変化ない。


←成田空港・ちはら台

◇3353-3354-3331-3332-3355-3356◇


この編成は、‘編成1‘で示した通り3331~3332が3300形最終更新出場車として営業に就いた1992年(平成4年)4月~1995年(平成7年)2月にも組まれた実績があり、8年振だった。
尚、事故廃車により発生した以上の編成、2003年(平成15年)3月時点の最終定期検査は、3353~3354は2003年(平成15年)1月重要部検査、3331~3332+3355~3356は2001年(平成13年)12月全般検査と1年のずれがあった。そのため、6両単位で定期検査に入ることはなかった。2005年(平成17年)8月末~9月上旬に3353~3354ユニットを休ませ3331~3332+3355~3356を重要部検査、2006年(平成18年)3月下旬~4月上旬に3331~3332+3355~3356ユニットを休ませ3353~3354を全般検査に入れる等、1年以内に2度編成を休ませる結果となった。


 事故で大破した3329正面

 京成大久保~実籾    2003年1月23日

3329~3330はこの事故の運用を最後に廃車になった。






廃車済の3329~3330を除く36両で、安全強化の為、2004年(平成16年)4月~6月に室内照明の蛍光灯を昼白色から白色・飛散防止タイプのものに変更した。

廃車済の3329~3330を除く36両で、マナー強化のため2005年(平成17年)12月~2006年(平成18年)1月に優先席付近の吊革をオレンジ色タイプに変更した。

2007年(平成19年)4月時点で在籍した全車両で、前面・側面方向幕を全コマ小文字併用英字入タイプに交換した。




編成数補充等の関係から、2007年(平成19年)4月中旬の数日間、以下の8両編成と4両編成を組んだ(◇は先頭車、後に編成3の編成に戻した)。3300形2次車の8両編成は成田方から3353~3354+3349~3350+3325~3328で組まれてた2002年(平成14年)12月以来4年4ヶ月振で、8両固定編成


← 成田空港・ちはら台

◇3333-3334-3335-3336-3317-3318-3319-3320◇

◇3341-3342-3343-3344◇



8両編成が組まれたのは、2002年(平成14年)12月末に3353~3354が3349~3350+3325~3328の基本6両固定編成成田方に連結し使用した以来、4年4ヶ月振。8両固定編成は、2000年(平成12年)1月に3345~3348が全般検査入場時に3337~3340+3321~3324が組まれた以来7年3ヶ月振だった。後述のとおり2008年(平成20年)3月に唯一の赤電形式として残った3300形の中間電動車ユニットは全廃となったため、これが最後の赤電形式8両固定編成となった。





2007年(平成19年)6月以降、数日単位で中間電動車ユニットを抜き4両で運用に就く編成がいた。



















中間ユニット車廃車、4両編成化



2007年(平成19年)11月~2008年(平成20年)3月に、3000形増備に伴い、6両固定編成だった3300形2次車6本は各々中間電動2両ユニットを廃車にし、全車4両編成化した。そして、4両編成を組んでいた3200形最終在籍車の3261~3264と3500形原形車3577~3584を廃車にした。

順序として、2007年(平成19年)11月中旬に3317~3318を、2007年(平成19年)11月下旬に3331~3332を6両編成から抜き出す形で外し、4両編成2本が誕生。外した中間電動車ユニット2両は各々廃車にした。残る4本も、2008年(平成20年)2月~3月に中間電動車ユニットの3321~3322・3325~3326・3335~3336・3339~3340を6両編成から抜き出す形で外し、2008年3月をもって廃車にし、中間電動車ユニットは全廃となった。それに伴い赤電形式の6両固定編成は消滅した。





よって以下の4両編成6本を組成し、3353~3356以外は車号順不同となった(◇は先頭車)。こちらを当ページで‘ 編成4‘と称す。以後、以下の4両編成が基本編成となり、全般・重要部検査も以下の4両単位で行うようになった。



編成4


←成田空港・ちはら台

◇3341-3342-3319-3320◇

◇3333-3334-3343-3344◇

◇3345-3346-3323-3324◇


◇3337-3338-3347-3348◇

◇3349-3350-3327-3328◇


◇3353-3354-3355-3356◇




3317~3318の廃車により、他編成より一足早く4両編成に組み替えた3320
撮影時は京成上野~金町線運用に就いた。

 京成上野    2007年12月17日


3339~3340の廃車により、4両に組み替えた3337
撮影時は金町線運用に就いた。

 京成金町    2008年8月23日

3337は更新後、常時6両以上の編成を組んでいたため、更新後の金町線入線は、2008年の編成替以降初だった





3325~3326の廃車により、4両に組み替えた3328
撮影時は京成上野~京成津田沼系統の普通運用に就いてた。

 市川真間    2008年9月17日



3331~3332の廃車により、4両に組み替えた3356
撮影時は日中の千葉線・千原線運用に就いていた。

 学園前    2008年4月23日


この編成が、翌2009年に青電色リバイバルカラーになった。



 廃車後解体途中の中間電動車ユニット3321

 宗吾検車区    2008年4月14日

写真右は同時期に廃車になった3326で、撮影時は廃車となった3300形2次車が左から順に3322,3321,3326,3325と並び、そのうち3321で解体作業が始まってた。


  6両固定編成末期の3356

  京成高砂    2007年11月14日

撮影半月後に編成内中間電動車の3331~3332が廃車になり、3353~3356は4両化した。
2008年春以降、3300形は1次・2次車共に全て4両編成となり、その後は6両編成以上組まれることなく、都営地下鉄浅草線に乗り入れる‘西馬込‘の幕を表示した3300形も、貴重な記録となりつつある。写真の編成のうち廃車になった中間電動車2両以外は、2009年5月に青電リバイバルカラーとなった。



3300形2次車で車号順不同の4両編成は、前述の通り更新後も全般・重要部検査入場の絡みで一時的に組まれた実績はあるものの、定着化するのは予想外だった。

3300形全4両化以降、 京成在籍の赤電形式は、1次車の3301~3304編成・3309~3312編成を含め、京成在籍車は4両編成8本計32両 となった。以後6両編成や8両編成を組むことはなく、3500形原形車・更新車4両編成と共に金町線のほか、数少なくなった本線・千葉線の4両普通運用限定で使用することになった。よって都営地下鉄浅草線に一般運用で乗り入れる機会もなくなった。かつての京成主力車だった赤電形式は、北総にリース中で、今もなお都営地下鉄浅草線や京急線に乗り入れている3305~3308・3313~3316(北総7260形7261~7264+7265~7268として8両編成で使用)を含めても40両となり、最盛期258両いた時期の1割半程度まで減らした。3700形や2代目の3000形といったVVVF制御車の大量増備により、赤電形式の廃車を開始した1990年代以降で大きな世代交代を行った。

前述の通り2次車に関しては、3353~3356編成以外は、車号順不同となったため、 住友金属製台車装備車(WNカルダン+三菱製主電動機搭載)と汽車会社製台車装備車(TDカルダン+東洋製主電動機)の混結4両編成が2本(3333~3334+3343~3344編成・3349~3350+3327~3328編成)生まれた。3300形は1次車は台車メーカーが半々だったが、2次車は住友金属製台車装備車が多く、かつ汽車会社製台車装備車の3329~3332が4両共に廃車済であることから、2008年(平成20年)4月以降、汽車会社製 台車を装備した車両は1次車の3309~3312、2次車の3327~3328・3333~3334・3353~3356、ならびに北総にリース中の7260形 7265~7268(京成形式・車号は3300形1次車3313~3316)の16両のみとなり、貴重な存在となった。うち汽車会社台車装備車のみで編成を組んでいる車両は、1次車の3309~3312編成と2次車の3353~3356編成の4両編成2本のみとなった。
















2008年3月以降の改造・特筆事項等
            
  ( 3319~3320・3323~3324・3327~3328・3333~3334・3337~3338・3341~3350・3353~3356が対象 )




2008年(平成20年)3月~5月にかけて、4両編成化した24両は、3600形8両固定編成車同様に室内東芝製扇風機枠を粗いものに交換した。


 4両化後の3328車内

 2008年8月24日

2008年春以降、扇風機のガードを交換した。



2008年(平成20年)7月31日~9月17日に、成田方から3341~3342+3319~3320の4両編成で寅さん電車として側面に寅さんに関するラッピングを施し運用に就いた。これは、地元 東京都葛飾区柴又を舞台とした映画 ‘男はつらいよ‘  第一作誕生40周年を記念したイベント企画だった。偶然の一致かと思われるが、同編成は2010年(平成22年)7月以降も、別内容で寅さんラッピング編成として、今日に至るまで運用に就いている。

     

寅さんの俳優、渥美清の在りし日等の広告をラッピングした寅さん電車

3320正面部(左)と側面部(右)

京成上野     2008年9月1日













京成電鉄100周年 歴代リバイバルカラー登場


京成は1909年(明治42年)6月30日開業以来、2009年(平成21年)で100周年を迎え、記念として3300形4両編成3本にて、歴代のリバイバルカラーに変更した。2009年12月までは100周年記念編成として、‘京成電鉄100周年‘ロゴを側面に貼り、かつ室内広告を京成電鉄100周年記念に関したものを掲示したうえで運用に就き、2010年(平成22年)1月以降もリバイバルカラーのまま4両運用で使用している。



青電リバイバルカラー

リバイバルカラー第1陣として、3353~3356の編成を上下ダークグリーン・中部オリーブグリーンの青電塗装に変更し、2009年(平成21年)5月末に出現した。側面のK▼SEI GROUPロゴは在来車と同位置に配したこちらは、地下鉄非乗入車17m以下の鋼製車両(いわゆる青電形式)で、1950年代~1970年代に装っていた塗装。又、3000番台の車号をもった赤電形式でも、初代3000形3001~3014のみ青電塗装でデビュー(1960年代に入り赤電塗装に変更)。従って3300形の青電塗装時代はなく、更新・冷房化後、21世紀の赤電古参車両で、現実にはなかった車両のリバイバルカラーとなった。前面腰部の前照灯や方向幕、屋根部の冷房装置、側客用両扉の青電塗装車は違和感がある反面で、興味深い感もある。前述の通り、赤電形式特有だったステンレス枠は、現行標準色に変更した際に撤去したことから、青電塗装への変更も容易だった。ファンの間からは‘ 偽青電‘ といった声がある半面、ステンレス車やアルミ車等無塗装な鉄道車両が多くなった今世、濃系緑の塗装は珍しくシックな感があり、斬新なカラーリングとしてファン以外の方からも評価が高い。
この度は3355~3356は全般検査、3353~3354は重要部検査出場時に変更し、出場後は検査出場試運転を行った後は後述の2009年(平成21年)6月30日のイベント時までの約1ヵ月は運用につかず宗吾検車区で保留とした。余談だが、全般検査・重要部検査と各2両ユニットで異なるが、3353~3356が編成単位で定期検査を行ったのは1999年(平成11年)5月以来丸10年振だった。


京成100周年、リバイバルカラー第一陣として青電塗装に変更した直後の3356

 宗吾検車区    2009年5月28日



京成電鉄100周年当日の2009年(平成21年)6月30日、京成上野駅2番線にて出発式を行い、上野~金町間、特急金町行としてイベント用臨時列車を走らせファンを歓ばせた。青電塗装の特急運用は、1978年(昭和53年)5月以来31年振。


  イベント用 臨時特急金町行の運用に就く青電リバイバルカラー3356

  京成上野   2009年6月30日   

 


 青電リバイバル車の編成写真 3353ほか4両

 京成津田沼   2009年10月19日


  K▼SEI GROUP ロゴに加え京成電鉄100周年ロゴも貼付けた3353側面

  京成上野    2009年7月1日


このイベント後は、他の4両普通運用に混じり使用している。

営業運転用の青電塗装は最後の青電形式2100形2101~2102・210形211~212を全廃直前の、1988年(昭和63年)3月35日~31日に、2100・210形さよなら運転として運用した際に復元した以来21年3ヵ月振で、平成の時代では初。
イベント不定期運用で、青電塗装初の都営地下鉄浅草線乗り入れも期待したいところ。
京成18m車で3000番台の車号をもつ赤電形式では、3300形最終増備車3353~3356編成の基礎を作った初代3000形3001~3014で1958年(昭和33年)の新製時から約2~3年間青電塗装を装った実績がある。従って3000番台の車号をもつ赤電形式で青電塗装を装った車両は、のべ18両となった。現在、宗吾検車区にて赤電塗装(モーンアイボリー+ファイアーオレンジのツートーンにミスティラベンダー帯)で保存している初代3000形3004が新製時青電塗装だったのに対し、京成100周年を記念し青電塗装に変更した3353~3356は新製時赤電塗装で、逆転している。赤電形式最終増備車、かつ最後の汽車会社メーカーの3353~3356が、青電塗装を装う編成として矢が当たったのも、何かの縁かと思える。




 4両普通運用に就いた青電リバイバルカラー3353  

 京成八幡~鬼越    2009年8月19日



 リバイバルカラー第1陣として青電塗装に変更した3354車内

 2009年11月16日 


車内は、3300形更新車そのもので、青電の雰囲気を全く見せない。
京成電鉄100周年に関する広告を主に掲示している。

 



 京成電鉄100周年青電リバイバルカラー編成3354車内、中吊広告

  2009年7月1日


千葉線で新京成乗入車の8800形と並んだ青電リバイバルカラー3353

  千葉中央     2009年7月5日

かつて、青電形式の舞台だった千葉線も、21世紀の今や日中半分は、新京成車乗入車の運用となった。
写真は1950年代カラーの京成青電と、京成千葉線乗入用21世紀カラーに改めた新京成8800形のコラボレーション。


  日中金町線運用に就いた3353

  柴又~京成金町    2009年7月21日


  2009年10月3日より使用開始した日暮里駅3F下りホームに到着した3356

  2009年11月2日



 千原線を行く青電リバイバルカラー3356

 大森台     2009年7月5日

3300形になかった青電塗装はファンから好評。
千原線に青電塗装車が走るのは今回が初。
撮影場所の大森台駅も青電形式最後の営業車、2100形・210形が引退した1988年3月末日から丸4年後の1992年4月1月に、今はなき千葉急行の駅として開業した。






赤電リバイバルカラー 

リバイバルカラー第2陣として、2009年(平成21年)8月下旬、成田方から3345~3346+3323~3324の編成を1960年代~1970年代の赤電形式標準色だったモーンアイボリー+ファイアーオレンジのツートーンカラーに、ミスティラベンダー帯を配した赤電塗装に変更した。こちらは、リバイバル開運イベントのため、3200形3295~3298で2007年(平成19年)1月中旬に変更し、廃車となった2007年3月下旬まで運用した以来2年5ヵ月振でアンコールリバイバルともいうべき。、同塗装は、改規35周年イベントのため3050形3059~3062でも1994年(平成6年)9月下旬に変更し、廃車となった1995年(平成7年)2月中旬まで運用した実績があり、3度目のリバイバルとなるが、側客用両扉車では初。4両共、全般検査出場に合わせ塗装変更した。ミスティラベンダーの帯配置も、3200形3295~3298のリバイバルカラー時同様でカラーフィルムとし、
アクティブシルバーベースへの塗装変更で廃したステンレス縁も、フィルムで再現したほか、正面まで帯を配した。側面のK▼SEI GROUPロゴは在来車と同位置に配した。
2009年8月25日より4両運用に混じり営業運転に入った。

 京成100周年、リバイバルカラー第2陣として赤電塗装に変更した3324

 菅野    2009年8月25日


 K▼SEI GROUP ロゴに加え京成電鉄100周年ロゴも貼付けた3324側面

  京成上野    2009年8月25日 (2枚共)


 リバイバルカラー第2陣として赤電塗装に変更した3323車内

 2009年8月25日 


車内は、青電リバイバル車3353~3356同様に、京成電鉄100周年に関する広告を主に掲示した。
 

 赤電リバイバルカラー車編成写真、3345ほか4両

 京成高砂    2009年8月27日






ファイアーオレンジリバイバルカラー(新赤電色)

リバイバルカラー第3陣として、1980年代~1990年代初期京成鋼製車標準色だったファイアーオレンジベースにモーンアイボリー帯(現役時代のステンレス製帯縁取を、シルバーの縁取を施す事により再現)に変更し、2009年(平成21年)9月19日より営業運転開始。こちらは、1次車の3309~3312編成で重要部検査出場時に、塗装変更により再現した。






今回の3300形リバイバルカラーは1次車を含めることになるが、同形式京成在籍車でその時代の標準塗装車を含め4色以上の装いが揃い運用に就くのは1992年(平成4年)の3200形試験塗装車以来17年振となった。






2009年(平成21年)11月28日、1次車のファイアーオレンジリバイバルカラーの3309~3312編成と共に、3345~3346+3323~3324編成の赤電リバイバルカラー、および3353~3356編成の青電リバイバルカラーで、京成電鉄100周年記念として宗吾検車区にて当選者150名のみの撮影会を行った。

京成100周年記念撮影会で3300形リバイバルカラー車3本が並んだ

  宗吾検車区   2009年11月28日











2009年(平成21年)12月19日付で、青電・赤電・ファイアーオレンジリバイバルカラー編成は100周年記念としての運用は終了し、翌日以降は車内は通常広告掲示とした上で、他の4両編成に混じり使用している。又、側面の京成電鉄100周年ロゴも順次撤去した。
京成電鉄100周年を終えた2010年(平成22年)1月以降、成田スカイアクセスが開業した今日に至るまで、1次車のファイアーオレンジリバイバルカラー編成3309~3312編成と共にリバイバルカラーのまま、他の4両編成に混じり使用し続けて、注目を浴びている。

又、3300形は標準塗装車を含め、初代3000形に始まった‘赤電‘ の生き残りとして、3200形や3300形中間電動車が引退した2008年(平成20年)春以降は、ファンから注目を浴びている。


100周年ロゴを外し、通常の4両運用に混じり使用する青電リバイバルカラー3356

 京成中山   2009年12月24日


100周年ロゴを外し金町線の運用に就いた青電リバイバルカラー3354のサイドビュー

 柴又~京成金町   2010年1月3日


100周年ロゴを外し、通常の4両運用に混じり使用する赤電リバイバルカラー3345

 京成津田沼   2010年1月19日



100周年ロゴを外し本線普通運用に就いた赤電リバイバルカラー3324のサイドビュー

 東中山   2010年1月19日







4両編成、ぞろ目ナンバーの3333

 鬼越~京成中山    2009年11月25日



4両編成で、普通運用に使用した青電リバイバルカラー3353

 市川真間~菅野   2010年2月26日



4両編成で、平日日中の本線普通運用に使用した赤電リバイバルカラー3345

 江戸川   2010年2月2日

3345は、1990年12月に更新を行い、2010年で更新から20年の歳月が経つ。



4両編成で、平日日中の本線普通運用に使用した赤電リバイバルカラー3345

 市川真間    2009年8月25日

3度目の赤電塗装リバイバルカラーだが、側客用両扉車では初。リアル赤電塗装時代と、外観は異なるものの、現役の京成車両で3300形以外は、この塗装を装った形式もいないため、貴重な記録になりつつある。



 平日日中の本線4両普通運用に就いた3333

 京成中山~東中山     2009年5月18日



 日中の金町線折り返し運用に就いた赤電リバイバルカラー3345

 京成高砂~柴又   2010年5月24日

撮影時、京成高砂駅金町線線用の高架5番線ホームは未使用で、日中金町線は、京成高砂~京成金町間で1運用のみだった。





2010年4月以降の動向

2010年(平成22年)7月17日のダイヤ改正時に備え、通勤特急の種別色変更(オレンジ→水色)、快速特急の種別表記を変更(快特→快速特急)、ならびに種別の追加・廃止(エアポート急行追加・エアポート特急廃止)等の理由から、2010年5月上旬~6月下旬に在籍車24両で種別幕を交換した。 その際、側面は変化ないが、前面は白地に各種別色のタイプから各種別色地に白文字タイプのものに変更し、正面の趣が変わった。 3300形は1次車を含め4両運用のみで、通常運用では普通と回(回送)表示以外はイベント運用等以外カラフルな幕表示することはない。又、次期廃車優先順位が高く、同幕構造の3400形や3500形更新車、3600形と各種部品統一性をはかるため変更した。


 種別幕を変更した3349

 京成津田沼~幕張本郷   2010年6月22日

撮影時は、平日日中の4両編成 千葉線・千原線運用に就いた。
京成津田沼行だが、到着直前に折り返しちはら台行の幕に変更済み。


 種別幕を変更した赤電リバイバルカラーの3324

 京成津田沼留置線   2010年6月2日



 種別幕を変更した青電リバイバルカラーの3353

 京成高砂~柴又   2010年6月19日

撮影時は金町線で使用していた。





金町線京成高砂駅高架化を記念し、2010年(平成22年)7月5日より、アクティブシルバーベース現行標準色の3341~3342+3319~3320編成で'寅さん記念館'、3337~3338+3347~3348編成で‘こち亀‘(こちら亀有公園前派出所)に関するのラッピングを施し金町線を主に運用している。寅さんに関するラッピングは前述の2008年(平成20年)以来2年振で、編成も3341~3342+3319~3320編成と同一で偶然ともいえる。これらは、葛飾区協定のラッピングであり金町線中心に使用する方針でもあるが、本線や千葉線・千原線4両運用に就くこともある。当初はコマーシャル期間が2011年(平成23年)3月31日までの予定だったが、葛飾区からの要望により延長している。

 ‘寅さん記念館‘のラッピングを施した3320

 京成高砂   2010年7月5日



 ‘こち亀‘のラッピングを施した3337

 京成金町
   2011年12月13日


 ‘寅さん記念館‘のラッピングを施した3320の正面

 京成高砂~柴又   2011年4月30日

正面は特に変化はない。撮影時は、ラッピングから1年近い歳月が経っていた。




京成本線経由、千葉・千原線直通運用に就いた‘寅さん記念館‘ラッピング編成、3320

 市川真間   2012年1月21日




2010年(平成22年)12月4日に都営地下鉄・京成乗入50周年を機に馬込検車区にて開催した'都営フェスタ 2010' で、赤電リバイバルカラーの3345~3346+3323~3324を都営5300形や北総9000形、京急新1000形ステンレス車と共に撮影ラインナップ車とし展示した。その際、都営地下鉄浅草線西馬込を経て、回送したが、京成赤電形式が都営地下鉄浅草線を走行したのは、2008年(平成20年)3月に3300形を全4両編成化する直前以来2年9ヶ月振だった。前述のとおり、初代3050形3059~3062、3200形3295~3298で3000系列の車号をもった赤電形式の元祖となった赤電リバイバルカラーを運用したが、3300形を含め4両単独編成のみのため、都営地下鉄浅草線へ回送運用を含め入線した実績がない。 回送とはいえ、この度の赤電塗装での都営地下鉄浅草線への入線は、少なくてもファイアオレンジへの塗装変更進行時の1982年(昭和57年)1月、最後まで赤電塗装で残り更新入場直前だった3100形3127~3128以来29年振。冷房車となった赤電塗装車では初で記録すべき事項となった


都営フェスタ2010で北総9000形等と共に展示した赤電リバイバルカラー3324

 都営地下鉄馬込検車区  2010年12月4日



2011年(平成23年)5月~6月にかけて、在籍する全車で室内灯と前照灯の回路を変更し前照灯点灯し室内灯を消灯することを可能とした。よって、昼間運用時や、回送運用時は消灯することを可能とした。







近況


現在、3300形は、1次車8両を含むと4両編成8本体制となっている。6・8両編成組むことなく3500形原形車と共に車種による区分なく4両普通運用で使用している。1次車のファイアーオレンジリバイバルカラー3309~3312編成ほか、2次車は青電リバイバルカラー3353~3356編成・赤電リバイバルカラー3345~3346+3323~3324編成と、寅さん記念館ラッピング3341~3342+3319~3320編成、こちら葛飾区亀有派出所ラッピング3337~3338+3347~3348編成と少数ながら異彩編成で過半数を占めている。又、台車も1次車の住友・汽車2社の空気バネ台車車を含むと4種の台車を履いており、駆動装置・主電動機もTDカルダン車=東洋製モーター装着、WNカルダン車=三菱製モーター装着と4タイプの乗り心地が味わえる点で、ファンから注目を浴びている。

金町線折り返し運用や朝夕の千葉線・千原線運用、ならびに朝時間帯を主とした京成上野~京成高砂間折返運用が4両運用の主な使用範囲っとなっている。その他、本線普通平日日中に一部ある京成上野~京成津田沼間4両普通運用、平日・休日共一部ある千葉線・千葉線4両運用に就くこともある。4両希少運用として、平日・休日共一部ある朝時間帯の京成津田沼以東、宗吾参道・東成田線・芝山鉄道芝山千代田へ行く運用や、休日上り京成津田沼以東本線から京成上野・京成高砂へ行く普通運用や、平日・休日共京成上野発着で千葉線・千原線発着の運用もあり、いずれも4両編成を組む3500形原形車と共同運用で使用している。

4両編の運用は全般的に少なく、日中等は金町線を含め5運用以下で足りる時間帯もあるため、車庫で休んでいることが多い。



1次車のファイアーオレンジ3309~3312編成を含めた3300形リバイバルカラー車に遭遇するのも日々の運次第といえる。
尚、金町線に関しては、葛飾区主催のこちら葛飾区亀有派出所と寅さん記念館のラッピング編成を優先的に使用する傾向がある。




京成の鉄道部門として、2010年(平成22年)7月17日に成田スカイアクセス線の開業がありそれに伴う車両大量増備があった。そのため、既存車両の代替は2008年(平成20年)春以降はない。2008年春時点で在籍していた3300形1・2次車計32両(4両編成×8)は車齢40年経った今も安泰となった。成田スカイアクセス線開業後の次期新造車が入線次第で、廃車を再開するかと思われる。2次車は更新により誕生した中間電動車は全廃になったものの、3329~3330以外は先頭車を含むユニットの廃車は発生していない。






3300形2次車は、関東大手私鉄1500V路線で、唯一金属バネ台車をもった車両になった。


 金町線折り返し運用で使用する3348

 京成高砂  2012年4月23日

同編成側面は‘こち亀‘のラッピングが貼られている。



京成津田沼でファイアーオレンジリバイバルカラーの3300形1次車と並んだ青電リバイバルカラー 3353

  2010年8月5日




 金町線折り返し運用で使用する寅さんラッピング編成3341

 京成高砂~柴又  2011年4月30日






 京成津田沼引込線に入った青電リバイバルカラー3356

 2011年1月28日




 平日夜間の千葉線直通運用に就いた青電リバイバルカラー3353

 鬼越   2011年11月1日







 日中の本線普通運用に就いた赤電リバイバルカラー3324

 市川真間~菅野   2012年5月17日




 日中の千葉線・千原線運用に就いた3349

 京成津田沼   2011年9月21日




平日夕時間帯、千葉線・千原線津田沼折り返し運用に就く赤電リバイバルカラー3345と青電リバイバルカラー3353

 京成津田沼    2010年7月14日

撮影時は成田スカイアクセス開業直前。千葉線・千原線の運用等は殆ど変化ない。




 平日夜間の本線~千葉線直通運用に就いた3333

 京成上野   2012年3月5日




 金町線折り返し運用に就いた青電リバイバルカラー3353

 柴又   2011年8月5日









 日中の本線普通運用で使用する赤電リバイバルカラー3324

 京成西船~海神   2011年6月7日



 日中の本線普通運用で使用する3333

 鬼越~京成中山   2010年7月20日



 平日夜間の千葉線直通運用に就いた青電リバイバルカラー3353

 京成上野   2012年4月2日





 日中の本線普通運用で使用する3344

 東中山   2012年2月20日




 平日日中の本線普通運用で使用する赤電リバイバルカラー3345

 京成津田沼   2012年4月12日




平日夕刻の千葉線・千原線折返運用で使用する青電リバイバルカラー3356


 学園前   2012年5月9日






 平日日中の本線普通運用で使用する青電リバイバルカラー3353

 市川真間~菅野   2011年10月26日




 平日日中の本線普通運用で使用する3349

 菅野   2011年8月29日




 本線複々線区間を走行する青電リバイバルカラー3353

  京成高砂   2011年11月1日






 日中の千葉・千原線運用で使用する青電リバイバルカラー3356

 千葉寺  2010年8月30日

青電カラーは、1992年~1995年に開業した千原線でもお馴染みの色となった。




 金町線折り返し運用で使用する赤電リバイバルカラー3324

 京成高砂  2012年1月10日




 主力の3000形6両編成 3012-1とすれ違った赤電リバイバルカラー3345

 京成高砂  2012年3月30日




 平日日中の本線普通運用で使用する青電リバイバルカラー3356

 東中山   2012年4月23日




 本線普通運用で使用する赤電リバイバルカラー3324

 日暮里   2012年2月6日






 日中の本線普通運用で使用する3349

 市川真間~菅野   2011年4月21日




 金町線運用に就いた3333

 京成金町   2011年10月16日




 ‘寅さん記念館‘のラッピングを施した3320の正面

 京成高砂~柴又   2011年4月30日

正面は特に変化はない。撮影時は、ラッピングから1年近い歳月が経っていた。




 金町線で使用する3349

 京成金町   2012年4月2日



 金町線で使用する3337

 京成金町   2012年4月27日



 平日夕方 千葉線直通の本線普通運用で使用する3333

 京成船橋   2012年5月17日



 夜間、留置線に入った3328

 京成津田沼留置線   2011年7月4日




金町線で使用し、入庫のため高砂へ回送で向かう青電リバイバルカラー3353

 京成金町   2011年9月29日




 40年間以上、京成唯一のぞろ目車号として親しまれてきた3333

  京成上野   2012年5月13日

成田方から3333-3334-3343-3344の編成は、編成内の車号で、3と4しか使用していない特異な編成となった。


 1960年代~1970年代を思わせる光景、赤電リバイバルカラー3345側面

 京成金町   2012年1月10日




 ‘ こち亀‘ラッピング編成 3337側面

 京成金町   2012年5月16日




 ‘ 寅さん記念館‘ラッピング編成 3341側面

 京成金町   2012年5月16日




 青電リバイバルカラー3356の側面と室内

 京成上野   2012年3月8日

戦後復興の外観カラーリングに対し、1970年代~1980年代の冷房車標準内装のコラボレーション




 赤電リバイバルカラー3324の側面と室内

 京成上野   2012年3月15日

高度成長期流行の外観カラーリングに対し、1970年代~1980年代の冷房車標準内装のコラボレーション






 ‘こちら亀有派出所‘ ラッピング編成 3348車内

  2012年4月27日

車内の広告等は他の営業車と変化ない。



 青電リバイバルカラー編成 3353車内

  2012年2月24日

3353は1990年2月に更新を行ない、更新から20年経った現在も、目立った老朽化を見せない。




 赤電リバイバルカラー編成 3324車内

  2011年6月18日

3324は1991年5月に更新を行ない、更新から20年経った現在も、目立った老朽化を見せない。

k





   赤電形式更新車 独特のユニット端 偶数車・中間車 3338

  2011年12月21日

貫通扉はなく、隣接ユニットの偶数号車扉で仕切っている。
黒レタリング車号文字車号やデコラ板の機器収納箇所やむき出しの消火器が特徴。




 赤電形式更新車 独特のユニット端 偶数車・中間車 3343

  2012年3月15日


貫通扉で隣接ユニット車と仕切っている




1991年8月の更新から20年以上の歳月が経った3334車内

  2012年3月5日











現在のダイヤ上運用区間  

   (以下は当形式の使用区間で、区間によっては当形式以外の車両のみで運用する日も多々ある)


路線名 区間 備考
京成本線 京成上野~京成成田   普通運用のみで、休日日中時間帯は殆どない
  平日日中に京成上野~京成津田沼間運用が一部あり
  朝夕は京成上野~京成高砂間運用中心
  京成津田沼~京成成田間は、朝と夜間に一部のみ運用
  日中以外は、時間帯により、京成上野~千葉中央・ちはら台間運用も数本ある。
京成千葉線・千原線 京成津田沼~ちはら台   日中は同区間折返運用の一部。朝夕が主で、本線からの直通もある。
京成東成田線・芝山鉄道 京成成田~芝山千代田    一部のみ  
京成金町線 京成高砂~京成金町     

























車両データ




車歴表


車号 製造 メーカー 塗装変更 1 冷房化 更新 塗装変更 2 廃車 備考
3317~3318 1969年12月 日本車輌 1981年 4月 1986年 2月 1991年12月 1994年 1月 2007年11月  
3319~3320 1991年10月 1993年 8月    
3321~3322 1970年12月 日本車輌 1981年12月 1985年 7月 1991年 7月 1993年 8月 2008年 3月   
3323~3324 1991年 5月 1995年 1月   2009年 8月リバイバルカラー赤電塗装に変更 
3325~3326 1970年12月 汽車会社 1981年 8月 1985年 3月 1991年 4月 1994年 7月  2008年 3月   
3327~3328 1991年 3月     
3329~3330 1970年12月 日本車輌 1981年 7月 1985年 1月 1992年 3月 1995年 3月 2003年 3月 2003年1月23日の踏切事故のため廃車 
3331~3332 1969年12月 1981年 5月 1984年 7月 1992年 4月 2007年11月  
3333~3334 1971年 2月 東急車輛 1981年11月 1985年 6月 1991年 8月 1994年10月    
3335~3336 1991年 9月 2008年 3月  
3337~3338 1971年10月 東急車輛 1981年 1月 1986年 4月 1990年 8月 1994年 3月      
3339~3340 1990年 9月  2008年 3月  
3341~3342 1972年 2月 汽車会社 1981年 5月 1984年 7月 1991年12月 1995年 1月     
3343~3344 1992年 2月 1995年 2月     
3345~3346 1971年10月 日本車輌 1981年 3月 1984年 6月 1990年12月 1994年 3月    2009年 8月リバイバルカラー赤電塗装に変更 
3347~3348 1990年11月     
3349~3350 1971年10月 日本車輌 1981年 5月 1984年 6月 1991年 2月 1995年 2月     
3353~3354 1972年 3月 汽車会社 1981年 6月 1985年 1月 1990年 2月 1995年 4月    2009年 5月リバイバルカラー青電塗装に変更
3355~3356 1990年 6月   


※ 塗装変更 1 =ファイアーオレンジベースにモーンアイボリー帯

※ 塗装変更2 : アクティブシルバーベースにヒューマンレッド・フューチャーブルー帯の現行標準色










主要機器 (以下は 更新後のものを示す)


制御方式・主電動機・駆動装置・台車 

制御方式 主電動機 駆動装置 台車 歯車比 搭載車両
抵抗制御 TDK-816-A1
(100KW 東洋製)
TDカルダン KS-131
(汽車会社製)
78:13 3325~3334・3353~3356
抵抗制御 MB-3097-C
(100KW 三菱製)
WNカルダン FS-329D
(住友金属製)
97:16 3317~3324・3335~3348・3349~3350






空気圧縮機・補助電源装置 

空気圧縮機 (CP) 補助電源装置 搭載車両
AC-1000
( 1180 l/min  別名 A-3-KA )
CLG-355-B1
( 75kVA  MG )
3317・3320・3321・3325・3328・3329・3332・3333・3336・3340・3341・3344・3345・3348・3349・3353・3356

※1 新製時は先頭車に5.5kvAのMG、CLG-319-E を使用していたが、冷房化時に以上のものに変更。

※2 CPは、更新前の C-1000(1180 l/min(京成社内別名でA-3-Kと呼んだ)の電動機を交流化し、以上の名に変更。

※3 AC-1000のCPは京成社内名で別名 A-3-KA と呼ぶ。




制御装置・制動装置 

制御装置 搭載車輌
SE-575-D
(東洋製)
各車、新製時の中間車


制動装置 搭載車輌
HSC-D 全車両




































車両アルバム







京成津田沼駅を発車した更新前の3321

1989年7月12日

3321は1991年7月に更新を行い、その際中間電動車化を行い2008年3月の廃車時まで先頭に出ることはなくなった。










































3320ほか4両

新三河島   2009年12月1日






































更新にて中間電動車化した3321、晩期の姿

市川真間   2007年3月18日











































未更新時代の3321、更新車1次車の3309と並ぶ

京成大和田       1991年3月24日


撮影時は3300形2次車の更新が進行していた時期で3321~3322相方ユニットの3323~3324、および3325~3326が更新入場中だった。3325~3326が出場した1991年4月末に3321~3322は更新入場した。従って3321~3322+3333~3336と未更新車のみで6両編成を組んでいた。
1991年7月に3321は中間電動車化し同車が先頭にたつ事は2008年3月の廃車時までなかった。
写真左の3309はクロスシート試作車の3313~3316と6両編成を組んでいた。こちらは2008年現在も京成車として在籍している。






































更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3324

千葉寺     1993年6月13日































休日夜間、数少ない本線4両普通運用で使用する赤電リバイバルカラー3324

鬼越   2010年10月2日































青電リバイバルカラー3353

江戸川   2010年4月30日



























青電リバイバルカラー3353、サイドビュー

京成上野   2010年12月16日






























4両編成化し、本線普通運用に就いた3333

鬼越~京成中山   2010年1月29日







































地平線時代の大神宮下に進入する現行標準色に変更した3320

1993年8月30日

撮影時は赤電形式の現行標準色への塗装変更が開始され間もない頃。すれ違う3600形ステンレス車が、窓上帯ブルー、窓下帯ファイアーオレンジの暫定色だった。































赤電リバイバルカラー3345

柴又   2010年3月16日





























冷房化から間もない頃の3324  普通 千葉行   

市川真間     1985年10月13日

3324は1985年7月に冷房化を行い,撮影時はそれから間もない頃で、予備用行先板が掲げられていた。
この頃は、国鉄千葉駅前→京成千葉、京成千葉→千葉中央と改称する前で、‘千葉‘の行先を表示していた。



































中間電動車2両ユニットを廃車し、4両編成化した直後の3324

市川真間     2008年3月23日




































京成100周年記念で、赤電リバイバルカラーとして活躍する3324

鬼越     2009年11月25日





































更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3324

八千代台     1992年6月10日

































青電リバイバルカラー3356

江戸川~国府台    2010年4月13日

































京成津田沼駅5番線に到着した、赤電リバイバルカラー3324

2009年11月6日



































冷房化後、更新前の3333

船橋競馬場    1990年8月2日

撮影時は、成田方から3333~3334+3317~3320の未更新車・冷房車で6両編成を組んでいた。


































6両固定編成時代の3324ほか6両

京成関屋     2007年4月13日



































2011年三が日の休日ダイヤ夜間で、本線→千葉線直通の4両普通運用に就いた赤電リバイバルカラー3324

お花茶屋  2011年1月3日







































千葉線・千原線運用に就いた赤電リバイバルカラー車 3345

幕張本郷    2010年4月24日

































冷房化後、更新前の3328

東中山      1987年6月3日



































更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3328

船橋競馬場     1991年7月18日

































現行標準塗装に変更直後の3328(編成は成田方から3349~3350+3325~3328)

京成津田沼        1994年7月10日

撮影時、編成を組んでた3325~3328は塗装変更済、3349~3350は旧塗装のファイアーオレンジベース色だった。




































千葉急行線千葉中央~大森台開業初日、千葉急行線に乗り入れる3328

みどり台      1992年4月1日








































種別幕を変更し、千葉線・千原線運用に就いた3328

京成津田沼~幕張本郷    2010年6月22日

JR総武緩行線主力のE231系と出会った。




































更新後・塗装変更後、6両固定編成時代の3328

市川真間      2006年10月13日








































更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3329

京成津田沼     1994年3月15日

撮影時は塗装変更過渡期で、現行標準色に塗装変更した赤電形式が順次出現していた。
右ですれ違うのは塗装変更後の3150形3174。








































更新前、冷房化後の3332

東中山    1991年3月21日

その後、1992年4月に更新、1995年3月に現行標準色への塗装変更を行った。更新時、3332は中間電動車化を行い先頭に出ることはなくなった。
2007年11月末に3331~3332の2両単位で廃車になった。
撮影時は更新出場1年前の姿で3329~3332の4両で普通運用中心に使用していた。








































更新時に中間電動車化した3332

東中山     2006年10月15日

撮影時は廃車約1年前の姿。



































青電リバイバルカラーサイドビュー

国府台  2011年8月29日


































未更新時代、冷房化後の3332

東中山     1991年8月23日

撮影時は、未更新車のみで成田方から3317~3318+3329~3332の6両を組んでいた。
1991年は3300形2次車更新進行中で、更新入場・出場車が出る度に編成替を行っていた。






































夕刻、千葉線運用に就いた赤電リバイバルカラーの3345

京成幕張   2009年11月7日








































本線普通運用に就いた青電リバイバルカラー 3356

市川真間    2010年4月19日





































中間電動車2両ユニットを廃車し、4両編成化間もない頃の3333

京成津田沼     2008年5月20日


































冷房化後、更新前の3336

京成関屋   1987年9月23日

3336は撮影から丸4年後の1991年9月に更新を行ない、中間電動車となった。
2008年3月、写真編成3333~3336のうち3335~3336が廃車になった。










































現行標準色に変更直後の3356ほか4両

東中山   1995年4月5日

撮影時、塗装変更と共に行った全般検査出場直後だった3353~3356は車号順4両編成で使用していた。
この4両をもって、3300形2次車の塗装変更は完了した。








































青電リバイバルカラーの3353

京成船橋   2009年9月11日

京成船橋駅高架3Fホームに、青電塗装の車両が走ったのは2009年が初となった。









































4両編成化後、重要部検査出場直後の3328

千住大橋    2009年12月25日






































4両普通運用に就く3333

京成津田沼    2010年1月8日





































車齢40年近く経った2010年秋、本線普通運用で使用する3333

菅野   2010年10月8日



































更新前、冷房化後のゾロ目車号3333

京成津田沼       1987年10月14日

更新前の3333~3336基本4両編成は新製時より2両ユニット毎で台車・主電動機・駆動装置が異なる特異な編成でもあった。






































6両固定編成時代末期、数少なくなった6両快速運用に就いた3333

青砥    2007年6月15日

3300形の6両固定編成組成も2008年3月で消滅し、6両固定編成で快速運用に就いたのも貴重な記録となった。



































6両固定編成時代の3333

京成高砂    2006年12月24日




































更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3333ほか6両

船橋競馬場     1992年6月10日

京成通勤車唯一ゾロ目車号の3333は、更新後も先頭車として残った。
































平日日中の本線普通運用で使用する3344

京成八幡   2011年1月13日


































更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3328

町屋     1994年3月17日


































冷房化後、未更新時代の3328

谷津     1989年7月12日


































青電リバイバルカラー3356

東中山    2009年12月10日





































冷房化後、更新前の3336

東中山      1990年7月19日

先頭車時代の3336。同車は1991年9月の更新で中間電動車に生まれ変わった。
東中山は1991年3月19日のダイヤ改正以後、特急通過駅となった。





































4両化から間もない頃の3337

柴又    2008年4月19日





































更新後、8両優等運用に就いてたファイアーオレンジ色時代の3337

船橋競馬場    1993年8月16日

撮影時は成田方から3337~3340+3345~3348といった8両を組み、優等運用に使用していた。
3337~3340は更新後、しばらくは8両を組む事が多かった。
1995年以降は6両固定編成で使用する機会が増え1999年以降は成田方から3337~3340+3347~3348といった6両固定編成で定着化した。
3339~3340が2008年3月に廃車となり、以後、成田方から3337~3338+3347~3348といった4両編成を組んでいる。

































6両固定編成時代末期の3337

市川真間    2008年1月23日

































冷房化後、更新前の3340

東中山    1990年5月4日

3340は1990年9月に更新を行い、その際、中間電動車化され2008年3月の廃車時まで先頭に出ることはなくなった。
撮影時は更新入場間近の頃で、3337~3340基本4両編成を組んでいた。






































更新時、中間電動車化を行った3340、晩期の姿

京成小岩    2006年10月10日

3340は2008年3月に廃車になった。






































4両編成化後から2年経ち、金町線で使用する3337

京成金町    2010年5月4日



































地平時代の大神宮下駅を通過する、更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3337ほか8両、通勤特急西馬込行
(撮影時の編成は成田方から3337~3340+3345~3348)

1993年8月23日
































千葉・千原線で使用する青電リバイバルカラー3353

ちはら台   2009年10月29日

昭和時代の青電塗装と平成時代に開業したちはら台駅のコラボレーション









































更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3341ほか6両、(撮影時の編成は成田方から3341~3342+3317~3320)

船橋競馬場       1992年2月28日




































4両編成で本線普通運用で使用する3341

京成高砂   2010年1月7日



































冷房化前、赤電ツートンカラー時代の3341

日暮里   1980年10月








































赤電リバイバルカラーの3345

菅野   2009年9月14日









































赤電リバイバルカラー 3323(左)と3346(右)のユニット境

京成金町   2010年1月24日

赤電塗装車のサイドビューは、映画‘男はつらいよ‘ でもお馴染み。






























青電リバイバルカラー 3354のサイドビュー

京成津田沼   2011年1月28日


































青電リバイバルカラー 3356

市川真間   2010年2月22日































冷房化後、更新前の3356

東中山   1989年6月20日

撮影時は成田方から3329~3332+3353~3356といった8両編成を組んでいた。
3356は1990年6月に更新、1995年4月の現行標準色への塗装変更。
撮影時は、青電形式の2100形・210形が消滅し1年経った頃で、3356が20年後の2009年6月に青電塗装になるとは誰もが想像していなかった。































4両編成で千葉線直通普通運用に就いた3341(右)と3500形更新車3533

船橋競馬場       2008年12月1日

































冷房化後、更新前の3341

東中山    1987年7月25日

撮影時は成田方から3341~3344+3331~3332の6両編成で運用に就いていた。



































京成津田沼留置線に入った3344(右)、3700形3778と顔合わせ

2009年9月14日




































6両固定編成時代、本線普通運用に就いた3341

京成船橋    2007年3月7日






































今は亡き、金町線直通4両運用に就いた3337

京成上野   2009年12月29日





















































冷房化後、更新前の3344

船橋競馬場~谷津    1991年3月7日

撮影時は成田方から3317~3320+3341~3344の8両編成で運用に就いていた。









































秋晴れの下、千葉線・千原線運用に就いた青電リバイバルカラーの3356

京成津田沼    2009年10月19日





































4両で本線普通運用に入った3341

京成西船~海神      2009年5月13日

































6両固定編成時代、上野~津田沼間の運用に就いた3344

市川真間    2007年1月4日





































本線の4両普通運用に就いた3344

京成津田沼  2010年9月1日


































4両で本線普通運用に就いた3341

菅野   2010年3月5日


































4両で本線普通運用に入った3348

鬼越      2009年9月4日



































冷房化後、更新前の3344

船橋競馬場    1991年3月15日


































6両固定編成時代末期の3345

ちはら台     2008年1月23日

6両固定編成を組んでいた3321~3322が2008年3月に廃車となり、以後、成田方から3345~3346+3323~3324といった4両編成を組んでいる。
2009年8月下旬、リバイバルカラーとして、デビュー時の赤電塗装に戻された。

































全般検査を終え、宗吾検車区内で各種試験を行っていた3344

2008年5月1日





































4両で本線普通運用に入った3353

京成高砂      2009年4月9日

3353~3356は、現在リバイバルカラーとして、青電塗装に変更し運用に就いている。



































千葉線直通、本線普通運用で使用する青電リバイバルカラー3353

京成小岩   2011年4月17日


































更新入場直前の3344

京成関屋    1991年11月4日

撮影時は相方ユニットの3341~3342が更新入場中で、成田方から3329~3332+3343~3344と未更新車のみで6両編成を組んでいた。






































4両編成で平日日中の本線普通運用に就いた3344

市川真間     2010年1月4日





































地平時代の大神宮下駅ですれ違う、現行標準塗装に変更後の3345(写真左)と3329(写真右)

1997年6月22日

撮影時、写真左の3345は成田方から3345~3346+3325~3328、
写真右の3329は成田方から3329~3332+3355~3356といった6両固定編成を組んでいた。































赤電リバイバルカラー3345

大神宮下   2009年11月30日







































赤電リバイバルカラー車3346車内と側面

京成金町     2009年9月23日













































6両固定編成時の3348

新三河島     2007年2月17日

3348は1981年3月にファイアーオレンジへの塗装変更、1984年6月に冷房化、1990年11月に更新、1994年3月に現行標準色への塗装変更を行い写真の姿になった。
6両固定編成を組んでいた3339~3340が2008年3月に廃車となり、以後、成田方から3337~3338+3347~3348といった4両編成を組んでいる。


































冷房化後、更新前の3348 回送

京成船橋    1990年8月11日

撮影時は成田方から3349~3350+3345~3348の6両編成を組んでた。

































4両で本線普通運用に入った青電リバイバルカラー3356

京成八幡      2011年1月13日





































4両編成で千葉線直通の普通運用に就いた近年の3348、右は引込線に入った3500形更新車3536

京成津田沼付近      2009年5月13日









































重要部検査直後、4両で本線普通運用に就いた3349

市川真間      2009年12月25日













































青電塗装リバイバルカラー編成 3353

菅野     2009年12月10日













































更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3345

京成八幡        1991年5月8日






































赤電塗装リバイバルカラー編成 3345

京成関屋     2009年9月8日

































青電リバイバルカラー編成 3356

鬼越   2010年10月19日



































更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3348

谷津     1993年2月5日









































青電リバイバルカラー編成 3353

日暮里   2010年11月14日








































赤電 リバイバルカラー編成 3345

京成船橋   2009年10月7日

21世紀に誕生した京成船橋駅・新高架ホームに、1970年代、主カラーだった赤電塗装編成が停車中。
尚、京成船橋新ホームには、2007年1月~3月の間に、3200形3295~3298の赤電リバイバルカラー車が停車した実績がある。






































更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3356

八千代台    1991年3月24日

撮影時は3300形2次車更新進行途中で、成田方から3337~3340+3353~3356の更新車のみで8両編成を組んでた。







































京成100周年記念として、青電リバイバルカラーとして活躍する3356

菅野     2009年9月7日






































更新前、冷房化後の3356

市川真間    1988年7月9日

撮影時は成田方から3329~3330+3353~3356の6両編成で運用に就いてた。







































3353~3356の4両編成で金町線の運用に就いた3353 

京成高砂    2009年1月7日

同編成は、2009年5月に青電塗装に変更したが、撮影時はその気配すら感じなかった。



































青電リバイバルカラーの3356

鬼越     2009年11月16日








































現行標準色となった3200形6M車3232北総乗入車と並ぶ ファイアーオレンジ色時代の3356

京成高砂      1994年1月3日

撮影時は塗装変更過渡期で、赤電形式で新旧塗装が並ぶことが多かった。


































赤電リバイバルカラー3345

市川真間   2010年4月1日































初代AE形と並ぶ、デビュー時赤電塗装時代の3353

高砂検車区   1979年11月16日

撮影時は京成電鉄創立70周年の頃で、青電形式として2100形・210形ほか500形等がいた。
写真の3353が、冷房化・更新や塗装変更を経て30年後の2009年に青電塗装になるとは、夢にも思っていなかった。































青電リバイバルカラー3353

千葉寺   2010年8月30日

千原線における青電塗装車の運用は、2009年が初となった。



































更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3353

船橋競馬場    1992年6月10日

































近年、4両で千葉線・千原線の運用に就いた3349

学園前     2008年4月7日
































4両で千葉線の運用に就いた3345

千葉中央     2009年2月19日

3345は、現在リバイバルカラーとして、赤電塗装に変更し運用に就いている。





































京急川崎にて、都営5300形と並ぶ更新後、ファイアーオレンジ色時代の3349

1991年9月29日

撮影時は成田方から3349~3350+3325~3328の8両で京急川崎~北総・公団線千葉ニュータウン中央への運用に就いていた。


































6両固定時の3349

京成高砂     2007年2月17日

































更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3353

京成津田沼     1993年1月24日

後方に見えるのはファイアーオレンジ塗装の3200形・3050形で、撮影時は京成=赤電のイメージが強かった。
撮影半年後に現行標準色への塗装変更が始まった。





































青電・赤電・ファイアーオレンジのリバイバルカラー車が運用される中で、現行標準色で活躍する3344ほか4両

京成八幡   2009年10月29日






































更新から日が浅かった頃の3356

東中山   1991年9月16日

撮影時は3300形更新進行時で、成田方から3333~3336+3355~3356といった編成を組んでおり、中間の3335~3336は更新出場直後だった。
3356は、撮影から18年後の2009年に青電塗装になった。




































青電リバイバルカラー3356

日暮里   2011年8月23日



































普通運用の主力3000形とすれ違う、3345ほか4両

京成高砂     2009年3月30日







































現行標準色への塗装変更から日が浅かった頃の3356 (撮影時の編成は、成田方から3329~3332+3355~3356)

東中山    1995年7月11日



































更新前の3356

東中山     1989年12月22日

撮影時、3353~3354は更新入場中で、3355~3356は3341~3344編成の上野方に連結し6両を組んでいた。





































21世紀の主役となった3000形3018-8と並ぶ、リバイバル青電カラーの3356

京成高砂    2009年6月30日








































更新後、ファイアーオレンジ色時代の3356

新三河島     1992年4月2日

撮影時は3353~3356の4両編成を組んでいた。



































青電リバイバルカラー 3356

新三河島     2010年8月11日








































赤電リバイバルカラー編成 3345-3346のサイドビュー

京成金町   2009年12月24日
































更新後、ファイアーオレンジ色時代の3348

東中山    1992年8月22日

撮影時、成田方から3337~3340+3317~3320といった8両固定編成が組まれていた為、
成田方から3341~3342+3345~3348といった中間に先頭車3345を挟んだ6両編成を組んでいた。