3300形2次車  (3317〜3350・3353〜3356)







概要



3300形の増備車として、1969年12月〜1972年3月に3317〜3350・3353〜3356の38両製造。

3000形・3050形・3100形1次車と混結も考慮し、台車はコイルバネ台車となった。

編成は従来通り先頭車先頭側台車T台車のMM2両ユニットの基本4両編成だが、3351〜3352は製造時より欠番とする事により、3349〜3350は成田方に先頭車をもつ2両ユニット半編成となった。

外観スタイルは、前面・側面に電動方向幕を搭載した点や、ステンレス製黒Hゴムなしの側客用扉を採用した点が大きな変化だった。室内は、基本設計は3300形一次車同様だが、ステンレス製生地の扉が目立った。又、1970年12月に新製した3325〜3328は試験的に天井面を無塗装とし、白デコラ貼となった。
新製落成順序は、1969年12月に3317〜3320・3331〜3332、1970年12月に3321〜3330、1971年1月に3333〜3336、1971年10月に3337〜3340・3345〜3350、1972年2月〜3月に3341〜3344・3353〜3356といった順で、車号順不同で落成することが多く、厳密には各年度4回に分けて製造したが、これらを総じて ‘3300形2次車‘ と呼ぶことにした。

メーカーは、3325〜3328・3341〜3344・3353〜3356は汽車会社、3333〜3340は東急車輌、他は日本車輌。汽車会社は1972年4月に川崎重工と吸収合併した為、1972年3月に新製した3353〜3356は汽車会社製最後の車両となった。

これらをもって、1958年の3000形より続いた都営浅草線乗入用の通勤形鋼製車両の新製にピリオッドを打ち、3500形ステンレス車・冷房車導入に踏み切った。





冷房化前の経緯

1981年1月〜12月にかけてファィアーオレンジベースにモーンアイボリー帯への塗装変更を行い、それと近時期に方向幕を白地に黒文字タイプから、青地に白文字タイプに変更した。




冷房化工事


1984年6月に3349〜3350・3345〜3348を皮切に横浜の東急車輌にて冷房化単独工事が順次行われた。

内容は、屋根ベンチレーターを廃し各車に分散形冷房装置を3〜4台搭載。室内はファンデリアを廃し、冷房吹出口と東芝製首振扇風機を設置し、天井平面部をデコラ貼とした(蛍光灯から内側のみ)。冷房化に伴い、MGの大容量化を行った。又、側面扉開閉確認灯を2灯化・カプセル形一体ケース化、アルミ製塗装仕上の室内乗務員扉・貫通扉窓支持を黒Hゴムから太金属支持押さえに変更した。その他、外観・室内共に大きな変化はなかった。

工事は4〜6両単位で行われたが、1985年6月以降に出場した3333〜3336を皮切に宗吾の大榮車輌で4両編成単位で行われ、それらの車両に対しては室内扇風機軸が鋼製白塗装からアルミ無塗装になった(3333〜3336の他、3317〜3324・3337〜3340が対象)。

1986年4月に出場した3337〜3340を最後に3300形2次車の冷房化は完了し、京成で方向幕付の非冷房車は消滅した。

1984年7月に冷房化工事を行った3342・3343で、工事から1年近く経った1985年3月に、室内送風機をローリーファンに試験的に変更したが、他車には採用されずに1986年7月に首振扇風機に戻した。

冷房化後の3320

京成高砂 1988年3月19日

外観は、屋根に分散形冷房装置を搭載した以外変化はなかった。写真の3320は、1981年4月にファイアーオレンジへの塗装変更、1986年2月に冷房化を行い写真の姿になった。
その後、1991年10月に更新、1993年8月に現行標準色への塗装変更を行った。
2007年11月に隣接ユニットの3317〜3318が廃車となり、現在は成田方から3341〜3342+3319〜3320といった順不同の4両を組んでいる。撮影時は成田方から3333〜3334+3317〜3320の6両編成を組んでいた。


冷房化後の3342・3343車内に一時的に設置したローリーファン

3343車内   1985年11月27日






更新



1990年2月上旬、3300形1次車で唯一未更新だった3313〜3316に先立ち、3353〜3354を皮切に更新を行った。相方の3355〜3356は1次車の3313〜3316を1990年4月にクロスシート試作車として更新出場させたことから、一旦中断し1990年6月に出場。 以後2次車の更新を本格的に行った。 内容は3300形1次車に準じ以下の内容等で行い、外観・室内共殆ど同一とした。

・前面ヘッドライト・尾灯を腰部左右に配置し、上部左右に急行灯を別途新設した。

・側窓のユニットサッシュ化、ユニット間の妻窓を廃止したほか、先頭車乗務員室を拡大したのに伴いその直後の窓を縮小。

・従来の方向幕は、位置を変えずに20コマタイプから40コマタイプに変更し、前面は行先のみを表示するタイプに変更した。

・前面貫通扉を3300形1次車同様に、種別幕付のものに変更し、窓部は金属支持方式とした。 ・室内乗務員扉をアルミ製塗装仕上左右開閉タイプからステンレス製無塗装タイプに変更し、先頭車の中間埋込時は乗務員室・運転室共に仕切れる方式に変更。

・部品を共有化することから、従来のステンレス製客用扉を、3200形6M車や3300形1次車と同タイプのステンレス製のものに交換した。

・室内は壁面をイェロークリームデコラとし、座席・床面を更新前同色新品に変更、天井面は白デコラが貼られ(新製時よりデコラ貼だった3325〜3328も更新時に張替)室内無塗装化を行った。貫通扉を全てステンレス製無塗装タイプにした。

・京急線乗入対策として先頭車台車の前後振替(先頭側がM台車となる様)。

・電子フォーン音警笛の採用。

・CPの交流電動化。

・室内蛍光灯のうち4本を停電時の予備灯兼用とし、予備白熱灯を廃止した。




小さな変化として初期に更新出場した3353〜3356以外は座席袖仕切パイプ形状を変更した事が特徴だった。





更新直後の3353

京成津田沼  1990年3月17日

更新後のスタイイルは、3300形1次車と変化はない。
写真の3353は1981年6月にファイアーオレンジへの塗装変更、1985年1月に冷房化、1990年2月に3300形2次車のトップを切り更新を行い写真の姿になった。撮影時は更新から1ヵ月後の姿で、更新車3353〜3354は未更新の3355〜3356と4両を組み運用に就いてた。
その後、1995年4月に現行標準色への塗装変更を行った。
6両固定編成を組んでいた3331〜3332が2007年11月に廃車となり、現在は3353〜3356の4両で使用している。










更新後の3322車内

2007年6月28日

更新後の室内も3300形1次車と差異はなかった。
写真の3322は1991年7月に更新を行った。







初期に更新を行った3356車内

2007年2月17日

上の3322と、座席袖仕切りパイプ形状が若干異なる。



このグループでは更新後は6両固定編成を基本とすることから、1990年9月に更新出場した3340をはじめ、3317・3321・3325・3332・3336の6両の中間電動車化を行った。 尚、更新前から冷房化済であったことから、3200形6M車みたいにパンタグラフ2台搭載や、補助電源装置としてSIV搭載する等の4両ユニット化は行わず、中間電動車ユニットも2両分割随時可能とした。


月2両ペース位の度合で更新出場した結果、1991年12月中旬時点で未更新の営業車は3329〜3332編成のみとなり(3343〜3344が入場中、3341〜3342が出場間近)、同編成が赤電形式唯一の未更新車として最後の活躍をした。

1992年1月に3329〜3330が更新入場した後は未更新の3331〜3332は先頭には出ず、更新車6両の中間に挟まり以下の編成で使用した(◇は先頭車)。


←成田空港

◇3333-3334-3335-3336-3331-3332◇-3355-3356◇


更新時に中間電動車化した3336

京成津田沼  1992年1月19日

更新時に6両固定編成を前提に6両で先頭車の中間電動車化を行い、先に更新を行った3200形6M車同様に内外共に先頭車の面影もなく改造したが、角形状が異なっている。写真の3336は1981年11月にファイアーオレンジへの塗装変更、1985年6月に冷房化、1991年9月に更新を行い写真の姿になった。その後、1994年10月に現在標準色への塗装変更を行った。2008年3月に廃車になった。
写真左は未更新最終2両ユニット3331〜3332の3331と隣接しており、窓非ユニットサッシュ・保護棒付であることから判別できる。
撮影時は未更新の3331〜3332を挟み、成田方から3333〜3336+3331〜3332+3355〜3356の8両で運用に就いてた。


中間化を行った3332車内

2006年10月15日

室内も3200形6M車同様、旧乗務員室・運転台室の面影を残さず改造した。




赤電形式最終の未更新編成として千葉線運用に就いた3329ほか4両

幕張本郷 1991年12月18日

3329は1981年7月にファイアーオレンジへの塗装変更、1985年1月に冷房化を行い写真の姿になった。その後、1992年3月に更新、1995年3月に現行標準色に塗装変更を行った。
2003年1月、実籾付近の踏切事故に遭遇し、3329〜3330は他車より一足早く同年3月をもって廃車になった。
撮影時は3300形更新が終盤に近づいた頃で、3329〜3332編成のみ未更新で営業運転に就いていた。




1992年2月上旬に3331〜3332も更新入場し、赤電形式の未更新車は消滅。


1992年4月下旬に3331〜3332が更新出場したのを機に、3300形2次車の更新は完了し、1976年10月以来15年6ヵ月間行ってきた赤電形式の更新は終了した。
更新完了後1992年4月末時点の編成は以下で、両数の関係から一部8両編成も存在した(◇は先頭車)。



←成田空港・千葉中央

◇3341-3342-3317-3318-3319-3320◇

◇3333-3334-3335-3336-3343-3344◇

◇3349-3350-3325-3326-3327-3328◇

◇3329-3330-3321-3322-3323-3324◇

◇3353-3354-3331-3332-3355-3356◇

◇3337-3338-3339-3340-◇3345-3346-3347-3348◇


しかし、3300形2次車は3200形6M車6両固定編成の様に編成配置は定着化せず、1999年までは全般・重要部検査は4両単位で入場することが基本だった為、検査入出場ある度に固定編成内でも頻繁に編成を変えていた。
従って、8両固定編成を組んだり、中間に先頭車を挟んだ6両編成も組まれた。



3300形2次車の更新は全車2両単位で出場。更新前から冷房化していた等の理由から更新入場期間も約2ヵ月程と短かったほか、機器類の改良箇所も少なかった為、開始時より未更新車と更新車の混結も容易だった。

その為、最初期に更新した3353〜3354は出場した1990年2月上旬から3355〜3356が入場した1990年4月下旬までの間、更新車2両+未更新車2両で車号順4両の3353〜3356で運用に就いた。

1990年4月下旬以降、3355〜3356が出場するまでの1990年6月中旬までの間、未更新の3341〜3344の成田方に連結し6両編成で更新車2両+未更新車2両の混結編成を組んだ。

その他前述の通り更新入場間近の3331〜3332が更新車6両と組んだ実績がある。

尚、コイルバネ台車の為、1次車空気バネ台車の3301〜3316とは更新後も混結実績は今日に至るまでない(1987年以降、京成車においてコイルバネ台車車と空気バネ台車車の混結は不可とした為)。

更新後の3300形2次車は先頭台車がM台車の6両固定編成の為、1991年3月以降は京急線や北総線に乗り入れる運用に使用されることが多かった(6両編成の乗入は、両社共1995年に消滅。1998年11月18日の京急線羽田空港ターミナル直下乗入後、赤電形式は都営浅草線以外乗り入れなくなった)。

京急に乗り入れた3328

京急川崎   1991年9月29日

3328は1981年8月にファイアーオレンジへの塗装変更、1985年3月に冷房化、1991年3月に更新を行い写真のスタイイルになった。
その後、1994年7月に現行標準色への塗装変更を行った。

6両固定編成を組んでいた3325〜3326が2008年3月に廃車となり、以後、成田方から3349〜3350+3327〜3328といった4両編成を組んでいる。


北総線に乗り入れた更新後の3344

新鎌ケ谷 1992年3月8日

1991年3月31日の北総線2期線開業後、京急線京急川崎〜千葉ニュータウン中央が北総線日中の基本運用となり、その運用に休日で京成車6両も使用した。先頭車先頭側がM台車の車両に限定されていた為、更新後の3300形を使用する機会が多かった。
写真の3344は1981年5月にファイアーオレンジへの塗装変更、1984年7月に冷房化、1992年2月に更新を行い、撮影時はそれから約1ヵ月後の姿。その後、1995年2月に現行標準色への塗装変更を行った。
6両固定編成を組んでいた3335〜3336が2008年3月に廃車となり、以後、成田方から3333〜3334+3343〜3344といった4両編成を組んでいる。







更新後の動向




1993年8月以降、3319〜3320・3321〜3322を皮切に現行標準色のライトグレーベースにレッド・ブルー帯への塗装変更を行い、1995年4月の3353〜3356を最後に完了した。
塗装変更は4両単位、もしくは2両単位で全般・重要部検査時に行った為、過渡期は6両固定編成でも2両+4両で新旧塗装混結が多くみられた。中でも、両端2両が旧塗装のファイアーオレンジ、中間2両が現行標準色の新塗装といった珍編成も存在し、ファンを喜ばせた。



塗装変更後の3320ほか6両

京成中山  1994年7月24日

3320は1993年8月に3300形2次車のトップを切って現行標準色に変更。撮影時は成田方から3341〜3342+3317〜3320の6両固定編成を組み3341〜3342はファイアーオレンジ塗装で新旧混結編成だった。



両端ファイアーオレンジ色ユニット2両、中間2両現行標準色の混結編成だった3324ほか6両

東中山    1994年5月19日

撮影時は塗装変更過渡期。編成は成田方から3329〜3330+3321〜3324。3321〜3322のみ1993年8月に塗装変更済だった。
ちなみに写真の先頭車3324は1981年12月に現行標準色に塗装変更。1985年7月に冷房化、1991年5月に更新を行い写真の姿になった。
その後、1995年1月に現行標準色に塗装変更を行った。
6両固定編成を組んでいた3321〜3322が2008年3月に廃車となり、以後、成田方から3345〜3346+3323〜3324といった4両編成を組んでいる。







1999年秋以降、3200形6M車同様に6両固定編成の車両は6両単位で全般・重要部検査入場することになり、以下の編成で定着化した。
尚、3353〜3354は成田方余剰2両ユニットだった為、6両固定編成いずれかの編成の成田方に連結し8両で使用した(◇は先頭車)。


←成田空港・ちはら台

◇3341-3342-3317-3318-3319-3320◇

◇3333-3334-3335-3336-3343-3344◇

◇3345-3346-3321-3322-3323-3324◇

◇3337-3338-3339-3340-3347-3348◇

◇3349-3350-3325-3326-3327-3328◇

◇3329-3330-3331-3332-3355-3356◇

◇3353-3354


以後、6両固定編成は崩すことは少なくなったが、2007年に入り、中間電動車2両を抜いた4両編成を短期で組むことはあった。


2001年3月に、従来の'Keisei'ロゴを残した上 'K▼SEI GROUP' ロゴを側面扉横に配した。

廃車済の3329〜3330を除く36両で、安全強化の為、2004年4月〜6月に室内照明の蛍光灯を昼白色から白色・飛散防止タイプのものに変更した。

廃車済の3329〜3330を除く36両で、マナー強化のため2005年12月〜2006年1月に優先席付近の吊革をオレンジ色タイプに変更した。










廃車開始後の経緯



2003年1月23日、3329が京成大久保〜実籾間の踏切にてワゴン車と衝突する事故を起こし、3329の正面が大破。当面、編成を組んでた3329〜3332で調査した結果、2003年3月に3329〜3330は3300形初の廃車となった。

その際、編成を組んでた上野方2両3355〜3356は損傷が少なく2003年1月末に3353〜3354と編成を組み偶然ながら3353〜3356の車号順4両で復帰した。3331〜3332も修繕により復帰し、2003年3月以降、以下の6両固定編成を組んだ(◇は先頭車)。


←成田空港・ちはら台

◇3353-3354-3331-3332-3355-3356◇



以後、3300形2次車は36両在籍することから当面6両固定編成6本で使用し、赤電形式の8両組成の実績は、2007年4月中旬の数日間、暫定的に3333〜3336+3317〜3320で組んだ以外ない。



新3000形6次車(3022・3024編成)の増備により2007年11月に3317〜3318・3331〜3332の中間電動車が各々2両単位で廃車となり、以下の4両編成を組成した(◇は先頭車)。


←成田空港・ちはら台

◇3341-3342-3319-3320◇

◇3353-3354-3355-3356◇



続いて、新3000形6次車(3023編成・3025編成)の増備により2008年2月中旬〜2008年3月に、3321〜3322・3325〜3326・3335〜3336・3339〜3340の中間ユニットが運用離脱の後廃車となり、以下の4両編成を組成した。


←成田空港・ちはら台

◇3333-3334-3343-3344◇

◇3345-3346-3323-3324◇


◇3337-3338-3347-3348◇

◇3349-3350-3327-3328◇


これをもって3300形2次車中間電動車ユニットは全廃となり、2008年3月下旬時点で赤電形式は3300形1次車を含め4両編成のみとなり、自社線普通運用専用となった。今後、以上の車両を用いて6両編成や8両編成で定期運用に入る可能性も極めて低い。

以上で4両化した編成については、2008年3月〜5月に3600形同様、室内東芝扇風機のガードの交換(東急8500系等同様に網の粗いタイプへ交換)を行った。
今回の編成替にて3319〜3338では、更新後、金町線に初入線した車両もいる。

3317〜3318の廃車により、4両に組み替えた3320。
撮影時は京成上野〜金町線運用に就いた。

京成上野    2007年12月17日


3339〜3340の廃車により、4両に組み替えた3337。
撮影時は金町線運用に就いた。3337は更新後は6両以上の編成を組んでいた為、更新後の金町線入線は編成替時点で初だった。

柴又    2008年4月19日



3331〜3332の廃車により、4両に組み替えた3356。
撮影時は千葉線・千原線運用に就いた。

学園前    2008年4月23日





3325〜3326の廃車により、4両に組み替えた3328。
撮影時は日中千葉線普通運用に就いてた。

幕張本郷    2008年4月7日

4両化後の3324車内

2008年3月23日

2008年春以降、扇風機のガードを交換した。

廃車後解体途中の3321

宗吾検車区    2008年4月14日

写真右は同時期に廃車になった3326で、撮影時は廃車となった3300形2次車が左から順に3322,3321,3326,3325と並び、そのうち3321で解体作業が始まってた。





近況

現在、4両編成6本が運用に就いており、京成に在籍する赤電形式は3300形1次車4両編成2本含み32両のみとなり本線で活躍する機会も少なくなり、金町線や千葉線を主に使用している。

3300形2次車は関東大手私鉄1500V路線で、唯一のコイルバネ台車をもった車両となった。車齢35年〜40年、更新から15年以上経つことから、残る24両も近年中に廃車になる公算が高い


2008年7月末〜9月中旬(予定)にかけて、成田方から3341〜3342+3319〜3320の編成で寅さん電車としてラッピングして運用に就いている。
これは、地元 東京都葛飾区柴又を舞台とした映画 ‘男はつらいよ‘  第一作誕生40周年を記念したイベント企画である。
 


寅さんの俳優、渥美清の在りし日等の広告をラッピングした寅さん電車

(左)3319   (右)3342

京成高砂     2008年8月5日












車両データ




車歴表


車号 製造 メーカー 塗装変更 1 冷房化 更新 塗装変更 2 廃車
3317〜3318 1969年12月 日本車輌 1981年 4月 1986年 2月 1991年12月 1994年 1月 2007年11月
3319〜3320 1991年10月 1993年 8月  
3321〜3322 1970年12月 日本車輌 1981年12月 1985年 7月 1991年 7月 1993年 8月 2008年 3月 
3323〜3324 1991年 5月 1995年 1月  
3325〜3326 1970年12月 汽車会社 1981年 8月 1985年 3月 1991年 4月 1994年 7月  2008年 3月 
3327〜3328 1991年 3月  
3329〜3330 1970年12月 日本車輌 1981年 7月 1985年 1月 1992年 3月 1995年 3月 2003年 3月
3331〜3332 1969年12月 1981年 5月 1984年 7月 1992年 4月 2007年11月
3333〜3334 1971年 2月 東急車輛 1981年11月 1985年 6月 1991年 8月 1994年10月
3335〜3336 1991年 9月 2008年 3月
3337〜3338 1971年10月 東急車輛 1981年 1月 1986年 4月 1990年 8月 1994年 3月    
3339〜3340 1990年 9月  2008年 3月
3341〜3342 1972年 2月 汽車会社 1981年 5月 1984年 7月 1991年12月 1995年 1月   
3343〜3344 1992年 2月 1995年 2月   
3345〜3346 1971年10月 日本車輌 1981年 3月 1984年 6月 1990年12月 1994年 3月   
3347〜3348 1990年11月   
3349〜3350 1971年10月 日本車輌 1981年 5月 1984年 6月 1991年 2月 1995年 2月   
3353〜3354 1972年 3月 汽車会社 1981年 6月 1985年 1月 1990年 2月 1995年 4月   
3355〜3356 1990年 6月   


※ 塗装変更 1 =ファイアーオレンジベースにモーンアイボリー帯

※ 塗装変更 2 =ライトグレーベースにレッド・ブルー帯









主要機器 (以下は 更新後のものを示す)


制御方式・主電動機・駆動装置・台車 

制御方式 主電動機 駆動装置 台車 歯車比 搭載車両
抵抗制御 TDK-816-A1(100KW) TDカルダン KS-131 78:13 3325〜3334・3353〜3356
抵抗制御 MB-3097-C (100KW)
WNカルダン FS-329D 97:16 3317〜3324・3335〜3348・3349〜3350






空気圧縮機・補助電源装置 

空気圧縮機 (CP) 補助電源装置 搭載車両
AC-1000
(1110l/min)
CLG-355-B
(75kVA・MG)
3317・3320・3321・3325・3328・3329・3332・3333・3336・3340・
3341・3344・3345・3348・3349・3353・3356

※1 新製時は先頭車に5.5kvAのMG、CLG-319-E を使用していたが、冷房化時に以上のものに変更。

※2 CPは、更新前の C-1000(1180 l/min(京成社内別名でA-3-Kと呼んだ)の電動機を交流化し、以上の名に変更。

※3 AC-1000のCPは京成社内名で別名 A-3-KA と呼ぶ。















車両アルバム






京成津田沼駅を発車した更新前の3321

1989年7月12日

3321は1981年12月にファイアーオレンジへの塗装変更、1985年7月に冷房化を行い写真の姿になった。
その後、1991年7月に更新を行い、中間電動車化を行い、先頭に出ることはなくなった。1993年8月に現行標準色に塗装変更を行った。
2008年3月に廃車になった。。




















更新出場から日が浅かった頃、ファイアーオレンジ塗装時代の3320

青砥     1992年4月2日




















更新にて中間電動車化した3321、近年の姿

市川真間   2007年3月18日






















未更新時代の3321、更新車1次車の3309と並ぶ

京成大和田       1991年3月24日


撮影時は3300形2次車の更新が進行していた時期で3321〜3322相方ユニットの3323〜3324、および3325〜3326が更新入場中だった。3325〜3326が出場した1991年4月末に3321〜3322は更新入場した。従って3321〜3322+3333〜3336と未更新車のみで6両編成を組んでいた。
1991年7月に3321は中間電動車化し同車が先頭にたつ事は2008年3月の廃車時までなかった。
写真左の3309はクロスシート試作車の3313〜3316と6両編成を組んでいた。こちらは2008年現在も京成車として在籍している。



























地平線時代の大神宮下に進入する現行標準色に変更した3320

1993年8月30日

撮影時は赤電形式の現行標準色への塗装変更が開始され間もない頃。すれ違う3600形ステンレス車が、窓上帯ブルー、窓下帯ファイアーオレンジの暫定色だった。





















冷房化から間もない頃の3324

市川真間     1985年10月13日

3324は1985年7月に冷房化を行い,撮影時はそれから間もない頃で、予備用行先板が掲げられていた。






















近年、4両で本線普通運用に就いた3324

市川真間     2008年3月23日






















更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3324

八千代台     1992年6月10日





















6両固定編成時の3324ほか6両

京成関屋     2007年4月13日



















冷房化後、更新前の3328

東中山      1987年6月3日
























現行標準塗装に変更直後の3328(編成は成田方から3349〜3350+3325〜3328)

京成津田沼        1994年7月10日

撮影時、編成を組んでた3325〜3328は塗装変更済、3349〜3350は旧塗装のファイアーオレンジベース色だった。























千葉急行線千葉中央〜大森台開業初日、千葉急行線に乗り入れる3328

みどり台      1992年4月1日


























更新後・塗装変更後、6両固定編成時の3328

市川真間      2006年10月13日
























更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3329

京成津田沼     1994年3月15日

撮影時は塗装変更過渡期で、現行標準色に塗装変更した赤電形式が順次出現していた。
右ですれ違うのは塗装変更後の3150形3174。






















更新前、冷房化後の3332

東中山    1991年3月21日

3332は1981年5月にファイアーオレンジへの塗装変更、1984年7月に冷房化を行い写真の姿になった。
その後、1992年4月に更新、1995年3月に現行標準色への塗装変更を行った。更新時、3332は中間電動車化を行い先頭に出ることはなくなった。
2007年11月末に3331〜3332の2両単位で廃車になった。
撮影時は更新出場1年前の姿で3329〜3332の4両で普通運用中心に使用していた。





















更新時に中間電動車化した3332

東中山     2006年10月15日

撮影時は廃車約1年前の姿。























未更新時代、冷房化後の3332

東中山     1991年8月23日

撮影時は、未更新車のみで成田方から3317〜3318+3329〜3332の6両を組んでいた。
1991年は3300形2次車更新進行中で、更新入場・出場車が出る度に編成替を行っていた。
























3333〜3334+3343〜3344の4両で千葉線運用に入った3333

京成津田沼      2008年5月21日






















更新前、冷房化後のゾロ目車号3333

京成津田沼       1987年10月14日

3333〜3336編成は新製時より2両ユニット毎で台車・主電動機・駆動装置が異なる特異な編成でもあった。
3333に関しては1981年11月に3333〜3336の4両単位でファイアーオレンジへの塗装変更、1985年6月に冷房化を行い写真のスタイルになった。
その後、3333〜3334の2両単位で1991年8月にを更新を行い、1994年10月に3333〜3336の4両単位で現行標準色へ塗装変更を施工した。
6両固定編成を組んでいた3335〜3336が2008年3月に廃車となり、以後、成田方から3333〜3334+3343〜3344といった4両編成を組んでいる。




















近年、数少なくなった6両快速運用に就いた3333

青砥    2007年6月15日

3300形の6両固定編成組成も2008年3月で消滅し、6両固定編成で快速運用に就いたのも貴重な記録となった。




















6両固定編成時の3333ほか6両

京成高砂    2006年12月24日





















更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3333

船橋競馬場     1992年6月10日

京成通勤車唯一ゾロ目車号の3333は、更新後も先頭車として残った。





















更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3328

町屋     1994年3月17日
























冷房化後、未更新時代の3328

谷津     1989年7月12日


















冷房化後、更新前の3336

東中山      1990年7月19日

先頭車時代の3336。同車は1991年9月の更新で中間電動車に生まれ変わった。
東中山は1991年3月19日のダイヤ改正以後、特急通過駅となった。



















更新後、8両優等運用に就いてたファイアーオレンジ色時代の3337

船橋競馬場    1993年8月16日

写真の3337は1981年1月にファイアーオレンジへの塗装変更、1986年4月に更新、1990年8月に更新を行い写真の姿になった。
その後、1994年3月に現行標準色への塗装変更を行った。撮影時は成田方から3337〜3340+3345〜3348といった8両を組み、優等運用に使用していた。
3337〜3340は更新後、しばらくは8両を組む事が多かった。1995年以降は6両固定編成で使用する機会が増え1999年以降は成田方から3337〜3340+3347〜3348といった6両固定編成で定着化した。しかし3339〜3340が2008年3月に廃車となり、以後、成田方から3337〜3338+3347〜3348といった4両編成を組んでいる。



















6両固定編成時の3337ほか6両

市川真間    2008年1月23日

















冷房化後、更新前の3340

東中山    1990年5月4日

3340は1981年1月にファイアーオレンジへの塗装変更、1986年4月に冷房化を行い写真の姿になった。
その後、1990年9月に更新、1994年3月に現行標準色への塗装変更を行った。
同車は更新時に中間電動車化を行い、先頭に出ることはなくなった。2008年3月に廃車になった。














更新時、中間電動車化を行った3340、晩期の姿

京成小岩    2006年10月10日

















地平時代の大神宮下駅を通過する、更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3337ほか8両、通勤特急西馬込行
(撮影時の編成は成田方から3337〜3340+3345〜3348)

1993年8月23日





















更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3341ほか6両、(撮影時の編成は成田方から3341〜3342+3317〜3320)

船橋競馬場       1992年2月28日






















冷房化後、更新前の3341

東中山    1987年7月25日

3341は1981年5月にファイアーオレンジへの塗装変更、1984年7月に冷房化を行い写真のスタイイルになった。
その後、1991年12月に更新、1995年1月に現行標準色への塗装変更を行った。
6両固定編成を組んでいた3317〜3318が2007年11月に廃車となり、以後、成田方から3341〜3342+3319〜3320といった4両編成を組んでいる。
更新前、冷房化後の3341〜3344編成中のうち3342・3343は冷房化後の1985年〜1986年、室内送風機としてローリーファンを試用し話題になった。
撮影時は成田方から3341〜3344+3331〜3332の6両編成で運用に就いていた。






















6両固定編成で普通運用に就いた3341

京成船橋    2007年3月7日



















冷房化後、更新前の3344

船橋競馬場〜谷津    1991年3月7日

撮影時は成田方から3317〜3320+3341〜3344の8両編成で運用に就いていた。




















6両固定編成で上野〜津田沼間の運用に就いた3344

市川真間    2007年1月4日




















冷房化後、更新前の3344

船橋競馬場    1991年3月15日



















6両固定編成時の3345

ちはら台     2008年1月23日

3345は1981年3月にファイアーオレンジへの塗装変更、1984年6月に冷房化、1990年12月に更新、1994年3月に現行標準色への塗装変更を行い写真の姿になった。
6両固定編成を組んでいた3321〜3322が2008年3月に廃車となり、以後、成田方から3345〜3346+3323〜3324といった4両編成を組んでいる。

























全般検査を終え、宗吾検車区内で各種試験を行っていた3344

2008年5月1日


















更新入場直前の3344

京成関屋    1991年11月4日

撮影時は相方ユニットの3341〜3342が更新入場中で、成田方から3329〜3332+3343〜3344と未更新車のみで6両編成を組んでいた。




















地平時代の大神宮下駅ですれ違う、3345(左)と3329(右)

1997年6月22日





















6両固定編成時の3348

新三河島     2007年2月17日

3348は1981年3月にファイアーオレンジへの塗装変更、1984年6月に冷房化、1990年11月に更新、1994年3月に現行標準色への塗装変更を行い写真の姿になった。
6両固定編成を組んでいた3339〜3340が2008年3月に廃車となり、以後、成田方から3337〜3338+3347〜3348といった4両編成を組んでいる。
















冷房化後、更新前の3348

京成船橋    1990年8月11日

撮影時は成田方から3349〜3350+3345〜3348の6両編成を組んでた。




















更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3345

京成八幡        1991年5月8日




















更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3348

谷津     1993年2月5日





















更新前、冷房化後の3356

市川真間    1988年7月9日

3356は1981年月にファイアーオレンジへの塗装変更、1985年1月に冷房化を行い写真の姿になった。
その後、1990年6月に更新、1995年4月に現行標準色への塗装変更を行った。
6両固定編成を組んでいた3331〜3332が2008年3月に廃車となり、以後、成田方から3353〜3356車号順の4両編成を組んでいる。
撮影時は成田方から3329〜3330+3353〜3356の6両編成で運用に就いてた。

















更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3356

八千代台    1991年3月24日

撮影時は3300形2次車更新進行途中で、成田方から3337〜3340+3353〜3356の更新車のみで8両編成を組んでた。

















現行標準色となった3200形6M車3232北総乗入車と並ぶ ファイアーオレンジ色時代の3356

京成高砂      1994年1月3日

撮影時は塗装変更過渡期で、赤電形式で新旧塗装が並ぶことが多かった。



















更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3353

船橋競馬場    1992年6月10日





















近年、4両に組み替え千葉線・千原線で使用する3349

学園前     2008年4月7日
















京急川崎にて、都営5300形と並ぶ更新後、ファイアーオレンジ色時代の3349

1991年9月29日

3349は1981年5月にファイアーオレンジへの塗装変更、1984年6月に冷房化、1991年2月に更新を行い写真の姿になった。
撮影時は成田方から3349〜3350+3325〜3328の8両で京急川崎〜北総・公団線千葉ニュータウン中央への運用に就いていた。

















6両固定時の3349

京成高砂     2007年2月17日

















更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3353

京成津田沼     1993年1月24日























更新前の3356

東中山     1989年12月22日

撮影時、3353〜3354は更新入場中で、3355〜3356は3341〜3344編成の上野方に連結し6両を組んでいた。





















更新後、ファイアーオレンジ色時代の3356

町屋     1992年4月2日

撮影時は3353〜3356の4両編成を組んでいた。
















更新後、ファイアーオレンジ色時代の3348

東中山    1992年8月22日

撮影時、成田方から3337〜3340+3317〜3320といった8両固定編成が組まれていた為、
成田方から3341〜3342+3345〜3348といった中間に先頭車3345を挟んだ6両編成を組んでいた。