京成3200形6M車 (3221〜3280) 北総7250形







京成3200形6M車概要




3200形のうち、1964年秋に8M車と共に落成した3221〜3224編成は両端先頭車の片端台車(先頭側)をT台車とする事により、主電動機の出力を75kwから100kwに増強.。2両ユニット単位で6台の主電動機を持つことから、‘6M車‘と呼ばれた。4両編成では実質3M1T相応となったが、全M車扱いとした。性能や編成出力は2両単位で3200形8M車以前の75kw×8台=3200形6M車以降の100kw×6台であることから変化はない。

3221〜3224編成の台車配置は試験的なもので、同タイプの車両は1965年10月に3225〜3240、1966年9月〜10月に3241〜3264、1967年11月に3265〜3280といった順で落成し、試験編成を含め4両編成15本計60両が揃った。
この‘6M車‘の台車配置は、後に製造した3200形3290番台や3300形、さらに1982年まで製造したステンレス車の3500形でも引き継がれ、以後京成の抵抗制御車の基本となった。

編成や外観・車内は、基本的に3200形8M車と格差はなかったが、1967年11月に落成した3265〜3268編成以降は、後の6両組成を考慮しユニット境貫通路を正面貫通路同サイズの狭幅とし、奇数号車に貫通扉を設置したことや、荷棚がサラン網(更新後は金網タイプに変更)からパイプタイプになった点が異なる。新製時は棒連結の為2両分割は不可だったが、1974年に分割可能な連結機に交換した。

機器面では、3221〜3264は新製時、ロータリー式コンプレッサー AR-1 を搭載していたが、1980年代前半に他車同様のV型気筒ベルト式コンプレッサー C-1000 に変更した。

メーカーは3225〜3232・3249〜3260・3269〜3276が日本車輌、3233〜3248・3265〜3268が帝国車両、3221〜3224・3261〜3264・3277〜3280が汽車会社。







更新・冷房化工事前の経緯


1975年前後に3265〜3280は棒連結から密着連結に変更し、2両分割可能としたことから6両編成組成を可能にした。

1980年2月の3277〜3280編成を皮切にファイアーオレンジベースにモーンアイボリー帯への塗装変更が順次行われ、1981年10月の3253〜3256編成を最後にに完了した。

1984年〜1986年に側面扉開閉確認灯を2灯化、カプセル形一体ケース化した。それとほぼ近時期にアルミ製塗装仕上の室内乗務員扉・貫通扉窓支持を黒Hゴムから太金属支持押さえに変更した。


新前、ファイアーオレンジ塗装時代の3276

京成船橋    1987年6月3日

3276は1967年11月に新製し、1980年4月にファイアーオレンジに塗装変更し写真の姿になった。
その後は、1988年10月に更新・冷房化、1992年8月に先頭台車振替(先頭台車M化)、1994年4月に現行標準色に塗装変更した。
2006年12月末に廃車になった。








更新・冷房化工事


1986年7月〜1989年3月に更新・冷房化工事を施行した。外観・室内デザインは先に更新を行った3200形8M車3201〜3220に準じ、以下の内容で施工した。

外観はヘッドライト・尾灯を腰部に設置、上部左右に急行灯を別途設置、上部中央に行先のみ表示の40コマタイプ方向幕を設置。前面貫通扉を種別幕付ステンレス製のものに変更。側面に種別・方向幕の設置。室内はユニット間の妻窓廃止。側窓を3500形同様にユニットサッシュ化。

・先頭車の室内乗務員室扉をアルミ製塗装仕上左右開閉タイプから、ステンレス製引戸に交換。よって、先頭車中間埋込時に乗務員室と運転室両方を仕切れる構造に変更した。

・室内は天井・壁面・客用扉点検蓋等を無塗装化し、壁面デコラを従来のベージュ色から3500形同様のイェロークリーム色に変更、天井面はホワイトのデコラ貼仕上とした。暖房装置を反射形とすることから座席下掛面をステンレス化無塗装仕上に変更。

・2両ユニット毎に狭幅貫通路とし、上野方にステンレス製貫通引扉を設置し、3265以降においても扉をアルミ製塗装仕上のタイプからステンレス製無塗装に変更。

・冷房化は各車3〜4台分散形冷房装置を搭載、補助電源装置の大容量化、室内ファンデリアを撤去し冷風撹拌用として東芝製首振扇風機の設置。

・室内蛍光灯のうち4本を停電時の予備灯兼用とし、予備白熱灯を廃止した。

・1987年8月に更新した先頭車3272から、乗務員室を拡大し、その直後の窓を縮小した(3272のほか3224・3233・3241・3248・3256・3257・3269・3273・3276・3277・3280が対象)




更新時における3200形8M車と差異は、側扉がステンレス製室内側無塗装のものに交換した点が異なる以外、外観スタイルや室内等はほぼ同一だった。

1987年2月に更新出場を行った3268と、1987年3月に出場した3265で工事電子フォーン音警笛を試験採用。新車では1987年6月に新製した3631・3638で初採用し、以後の新車や3300形以降の更新車で本格的採用した。
1987年8月にした3272以降の先頭車(3272のほか、3224・3233・3241・3248・3256・3257・3269・3273・3276・3277・3280が対象)は乗務員室を拡大したのに伴い隣接する窓を縮小した。1988年4月以降に出場した車両は、室内の吊り革を扉前・枕木方向に増設した(3279〜3280をはじめ3241〜3248・3253〜3256・3273〜3278が対象)。

このグループでは6両固定編成を主とする事から、3221〜3260までの半数の車両で先頭車の完全中間車化が行われた(3221・3228・3229・3236・3237・3244・3245・3252・3253・3260が対象)。中間化した車両はMGを撤去し、先頭車として残った車両に大容量SIVを搭載。先頭車隣接車にパンタグラフを2台集中搭載する等基本的に4両ユニット化したが、前述のとおり2両ユニット端部は狭幅貫通路となり上野方の奇数号車に貫通扉を設置した。
よって、先頭車を含む2両走行も可能だった。

3261〜3280は3200形8M車同様に4両のまま更新を行い、これらを2両分割し4両ユニット化した車両の1ユニット(前述の3221〜3260のうちの4両)と連結し6両固定編成を組むことを基本とした。

全車、更新・冷房化工事出場は2両単位で出場した。最初期に出場した3263〜3264は相方の3261〜3262が出場するまでの間、3200形8M3205〜3206の2両ユニットと混結し暫定4両編成を組んだ。又、3221〜3260までの4両ユニット化・中間化した車両においては、先頭車ユニットが先に出場したのが通常で、中間化した双方のユニットが出場するまでの間、暫定的に同グループ更新済車と6両編成や8両編成を組み使用した。





更新後の編成は以下の6両固定編成で定着化したが、4両・8両組成も可能で、全般・重要検査時前後等は1999年秋までは4両単位で行うのが基本だった為、暫定的に8両固定編成や4両編成等を組むことも頻繁にあった。



更新終了後〜廃車開始時の基本6両固定編成(◇は先頭車


←成田・ちはら台

◇3261-3262-3237-3238-3239-3240◇ 
 
◇3225-3226-3227-3228-3263-3264◇

◇3265-3266-3229-3230-3231-3232◇  

◇3249-3250-3251-3252-3267-3268◇

◇3269-3270-3221-3222-3223-3224◇ 

◇3233-3234-3235-3236-3271-3272◇

◇3273-3274-3253-3254-3255-3256◇
  
◇3257-3258-3259-3260-3275-3276◇

◇3277-3278-3245-3246-3247-3248◇ 

◇3241-3242-3243-3244-3279-3280◇




※ 2003年11月以降は廃車による編成替が生じ、6両固定編成内の組み替えや生じたほか、車号順不同の4両編成が組まれた実績もあった(後述)。






更新後の3261

千葉中央   1992年12月15日

3261は1966年10月汽車会社にて新製し、1981年8月にファイアーオレンジに塗装変更。
1986年8月に更新を行い写真の姿になった。
その後は1993年4月に先頭台車振替(先頭台車M化)、1994年10月に現行標準色に塗装変更した。
2007年3月末以降は、最後の3200形として3261〜3264の4両で使用したが、2007年11月中旬に4両共廃車となり、41年の生涯に終止符を打ったと同時に3200形は形式消滅した。



元来中間車3270(左)と、更新・冷房化時に中間車改造した3221(右)

京成津田沼     1992年8月11日

3200形6M車両扉車の3221〜3280は1964年秋〜1967年暮に製造。4両単位で両先頭台車が非電動台車で他の6つの台車が電動台車であることから6M車と名付けた。 1986年7月〜1989年3月に更新・冷房化を行い、その際、従来の4両固定編成から6両固定編成10本を主とした編成組成にする為、10両の中間化が行われた。写真の3221もその1両で、運転室を完全撤去し鋼体を新製した為、3270とは角部形状が異なってる。
撮影時は旧塗装時代で、1994年7月に3270、同年9月に3221を現行標準色に塗装変更。
2003年12月以降、3221〜3224は北総にリース、3269〜3270は京成車として3253〜3256と組み使用、基本同編成を組んでた3221と3270は別の人生を歩むことになった。2006年3月、3221〜3224は京成に返却され廃車に、同時期に3270と組んでた3253〜3256も廃車となった。3269〜3270は2006年3月末より3279〜3280と組み4両に再組成し使用したが、2006年11月に廃車になった。






パンタグラフ2台搭載した3239

京成高砂    2006年10月28日

抵抗制御車で、パンタグラフ2台搭載は他社でもあまり例がない。撮影時は塗装変更後、晩年の姿。

写真の3239を含む3237〜3240は1965年11月に帝国車輌にて新製し、1981年1月にファイアーオレンジへの塗装変更。
1986年12月に3239〜3240、1987年1月に3237〜3238の更新・冷房化を行ない、3237を中間電動車化することにより4両ユニット化した。
その後、1993年5月に3240の先頭台車の振替(先頭側がM台車になる様に)、1994年11月に現行標準色への塗装返事を行い写真の姿になった。

3000形の増備により2007年3月末に3237〜3240と4両単位で廃車となった。
撮影時は廃車半年前の姿で、3200形6M車6両固定編成は、成田方から3225〜3228+3263〜3264、3261〜3262+3237〜3240の2本のみだった。





更新・冷房化から20年経った頃の3262車内

2006年9月30日

1966年10月に新製した3262は1986年8月に更新・冷房化。3200形6M車としては、1986年7月に更新した。
先に更新を行った3200形8M車3201〜3220の相違点としては、側扉がステンレス製無塗装になった事くらいで大差はなかった。
3263〜3264に続き第二陣更新ユニットとなった。
写真はそれから20年後の車内。









先頭車を中間化した3237車内

2007年3月14日

更新時に中間化した車両は、車内も旧先頭車の面影なく改造した。3237は1987年1月に更新。撮影時は、更新から20年以上経った頃で、廃車間近だった頃(3237は2007年3月末廃車)。




更新から21年経った3263車内扉付近

2007年6月29日

U字を反時計回に90°回転した座席袖仕切パイプは、3200形全廃により消滅した。








更新後の経緯


1988年〜1989年に3241〜3248・3253〜3256・3273〜3276以外の更新済の車両で室内の吊り革を扉前・枕木方向に増設した。


1991年3月以降、京成車の京急・北総乗入を開始したが、先頭車がT台車だった当グループと3500・3600形は対象外だった。そこで、1992年8月に3273・3276を皮切に先頭台車がM台車になる様に台車の前後振替工事が順次行われ、1995年2月、3241・3248をもって完了した。先頭側に台車点検蓋を新設、旧電動台車だった中間側の台車点検蓋は残されたが、初期(1992年8月〜1992年10月)に工事を行った3256・3257・3273・3276以外は取っ手を廃した。

1993年8月以降、3265〜3268を皮切に現行標準色となったライトグレーベースにレッド・ブルー帯への塗装変更が順次行われ、1995年2月、3241〜3244・3245〜3248を最後に完了した。塗装変更は、3221〜3228・3233〜3240・3253〜3264・3269〜3276以外の車両は、前述の先頭車台車振替工事と同時に施行した。

2001年3月に、従来の'Keisei'ロゴを残した上 'K▼SEI GROUP' ロゴを側面扉横に配した。

安全強化の為、2004年4月〜6月に京成に在籍した車両で室内照明の蛍光灯を昼白色から白色・飛散防止タイプのものに変更した(廃車済だった3271〜3272・3273〜3274、及び北総にリースしていた3221〜3224・3233〜3236以外の全ての車両で行われた)。

マナー強化のため2006年1月〜2月に同年4月以降も在籍した20両(3225〜3228・3237〜3240・3261〜3266・3269〜3270・3273〜3276・3279〜3280)で優先席付近の吊革をオレンジ色タイプに変更した。3200形までの車両の吊革は支持棒位置の関係上3300形以降の車両より長い為、独特な印象を与えた。





先頭台車振替(先頭台車M化)を行い、北総線に乗り入れた3256

  東松戸    1993年4月29日

3256は1966年10月に日本車輌にて新製し、1981年10月にファイアーオレンジに塗装変更。
1989年2月に更新・冷房化を施行。1992年10月に先頭台車振替(先頭台車M化)を行い、京急・北総線乗入可とした。
撮影時は先頭台車振替から半年後の姿。 その後は、1994年5月に現行標準色に塗装変更、2006年3月下旬に廃車になった。

1993年4月に京急線 羽田(現天空橋)駅が開業し、日中は同駅から都営、京成線を経て北総・公団(現千葉ニュータウン鉄道)線の千葉ニュータウン中央に行く運用が設定された。
その運用は、京急空港線のホーム長の関係から、1994年12月までは6両編成に限定され、当時8両編成と4両編成しかなかった北総・公団車は皆無だった。
従って京成・都営・京急の6両編成を使用した。京成車は先頭台車がM車の赤電形式に限定し、先頭台車M化をした3200形6M車も使用する機会が多かった。






3261の旧電動台車だった箇所の中間側の台車点検蓋

2007年5月7日

T台車に変更した中間側の室内台車点検蓋は取っ手が外されステンレス枠のみ残った。





3200形6M車初の塗装変更となった3268

市川真間     1993年8月14日


3268は、1967年11月、今はなき帝国車輌にて新製。1981年9月にファイアーオレンジに塗装変更。
1987年2月に更新・冷房化、その際電子フォーン音警笛を試験採用した。
3265〜3268は、1993年8月の全般検査時に3200形6M車としては初の現行標準色への塗装変更を行ない、同時に、京急乗入対策として先頭車台車振替工事も行った。撮影時は、全般検査出場直後で、暫定4両編成で運用に就いてた。
3267〜3268は2004年12月上旬に3249〜3252と共に廃車になり、3265〜3266も2006年12月に3275〜3276と共に廃車になった。












廃車・リース


2003年11月に、3271〜3272・3273〜3274を皮切に廃車が始まった。廃車は4両単位で行う事が多く、編成替も続出した。

3233〜3236・3221〜3224は廃車前の2003年12月に北総にリースし、7250形7251〜7254・7255〜7258として使用したが、2006年3月末に京成に返却され、営業運転に戻らずに廃車になった(北総7250形の詳細は後述)。
以上の廃車等に伴い、2003年12月に以下の6両編成を組成した。

◇3269-3270-3253-3254-3255-3256◇


2004年11月下旬に3277〜3278+3245〜3248、同年12月上旬に3249〜3252+3267〜3268が編成単位で廃車になった。

3225〜3232・3237〜3240の40両は、2005年11月に京成在籍中の赤電形式としては初めて車齢40年を迎えた。引退時、関東大手私鉄在籍通勤形車両では東急7700系、東武8000系初期車に次ぎ長寿だった。

2006年1月〜3月の3229〜3232(2006年1月に廃車)、3241〜3244(2006年3月に廃車)、3253〜3256(2006年3月に廃車)、3257〜3260(2006年1月に廃車)の廃車に伴い、以下の車号順不同の4両編成2本を組成し、2006年11月〜12月の廃車時まで使用した。


◇3265-3266-3275-3276◇
(2006年1月中旬に組成、2006年12月下旬廃車)


◇3269-3270-3279-3280◇
(2006年3月下旬に組成、2006年11月下旬廃車)


2007年3月下旬に3225〜3228・3237〜3240が廃車になり、3200形の6両固定編成は消滅。3261〜3264が車号順4両に組成され、最後の3200形として活躍したが、これも2007年11月中旬に廃車となり、京成赤電形式で最多数だった3200形は形式消滅となった。








廃車直前、6両快速運用に就いた3225
(編成は成田方から3225〜3228+3263〜3264))


京成上野     2007年3月16日

3225は1965年11月に日本車輌にて新製し、1981年2月にファイアーオレンジへの塗装変更。
1986年9月に更新・冷房化を行った。
その後、1993年4月に先頭台車の振替(先頭側がM台車になる様に)、1994年11月に現行標準色への塗装返事を行い写真の姿になった。
3000形の増備により2007年3月末に3225〜3228と4両単位で廃車となった。
撮影時は廃車直前の姿。









編成替により4両編成で余生を送った3280

京成稲毛     2006年6月13日

3280は1967年10月に帝国車輌にて新製し、1980年2月に赤電のトップを切ってファイアーオレンジへの塗装変更を行った。
1988年5月に更新・冷房化、1993年12月に先頭台車の振替(先頭側がM台車になる様に)・現行標準色への塗装返事を行ない写真の姿になった。
基本6両固定編成を組んでた3241〜3244が2006年3月に廃車となり、成田方余剰2両ユニットの3269〜3270と組み4両を組み、廃車となる2006年11月末まで使用した。












編成替により4両編成で余生を送った3265

京成千葉    2006年6月24日

3265は1967年10月に帝国車輌にて新製し、1981年9月にファイアーオレンジへの塗装変更を行った。
1987年3月に更新・冷房化、1993年8月に先頭台車の振替(先頭側がM台車になる様に)・現行標準色への塗装変更を行ない写真の姿になった。
基本6両固定編成を組んでた3229〜3232が2006年1月に廃車となり、上野方余剰2両ユニットの3275〜3276と組み4両を組み、廃車となる2006年12月末まで使用した。










晩年、京成上野から金町線直通の普通運用に就いた3261

京成関屋    2007年4月13日

3261〜3264は、2007年3月末〜11月中旬にかけて、最後の3200形として4両普通運用で使用した。






リースにより誕生した北総7250形


2003年12月下旬、北総でリースにより使用してきた7050形(元京成3150形)7081〜7188の代替として、京成から3200形6M車3233〜3236+3221〜3224を8両固定編成で北総リースし、形式を北総7250形7251〜7254・7255〜7258と改めた。当形式も検査等車両維持は前代リース車7050形同様に京成が委託した。


内容は7050形同様に帯色レッドの箇所をダークブルーに変更のほか、社名・車号変更で外観や内装は変化なかった。社名と車号はステッカー表示とし、車内車号北総リース車の象徴としたブルー地にグレー文字としたが、車号文字体が7050形と異なってた。この編成をリースし、7050形を引退させた事により、北総、および公団(後の千葉ニュータウン鉄道)の車両は8両固定編成のみとなった。
運用は、北総車・公団車に混じり京成・都営浅草線・京急線に乗り入れる運用を主に使用したが、唯一の抵抗制御車ということから運用は限定されがちだった。

3200形6M車の廃車が本格化した2006年4月上旬、3300形1次車3305〜3308・3313〜3316をリースすることにより京成に返却し、営業運転に戻らずに廃車となった








車両データ



車歴表



製造〜1992年7月

車号 製造 メーカー 塗装変更1 更新・冷房化
3221〜3222 1964年10月 汽車会社 1980年10月 1988年 1月
3223〜3224 1987年12月
3225〜3226 1965年11月 日本車輌 1981年 2月 1986年 9月
3227〜3228 1986年11月
3229〜3230 1965年11月 日本車輌 1980年12月 1987年 7月
3231〜3232 1987年 6月
3233〜3234 1965年11月 帝国車輌 1980年 8月 1987年11月
3235〜3236 1987年10月
3237〜3238 1965年11月 帝国車輌 1981年 1月 1987年 1月
3239〜3240 1986年12月
3241〜3242 1966年 9月 帝国車輌 1981年 6月 1988年 6月
3243〜3244 1988年 7月
3245〜3246 1966年 9月 帝国車輌 1981年 7月 1988年 9月
3247〜3248 1988年 8月
3249〜3250 1966年10月 日本車輌 1981年 8月 1987年 4月
3251〜3252 1987年 6月
3253〜3254 1966年10月 日本車輌 1981年10月 1989年 3月
3255〜3256 1989年 2月
3257〜3258 1966年10月 日本車輌 1981年 9月 1988年12月
3259〜3260 1989年 1月
3261〜3262 1966年10月 汽車会社 1981年 8月 1986年 8月
3263〜3264 1986年 7月
3265〜3266 1967年11月 帝国車輌 1981年 9月 1987年 3月
3267〜3268 1987年 2月
3269〜3270 1967年11月 日本車輌 1981年 7月 1987年 9月
3271〜3272 1987年 8月
3273〜3274 1967年11月 日本車輌 1980年 4月 1988年11月
3275〜3276 1988年10月
3277〜3278 1967年11月 汽車会社 1980年 2月 1988年 5月
3279〜3280 1988年 4月




1992年 8月〜廃車

車号 先頭台車M化 (ユニット先頭車のみ対象) 塗装変更2 北総リース期間 (北総車号) 廃車
3221〜3222 - 1994年 9月 2003年12月〜2006年3月 (7255〜7256) 2006年 3月
3223〜3224 1992年12月 2003年12月〜2006年3月 (7257〜7258)
3225〜3226 - 1994年11月 - 2007年 3月
3227〜3228 - -
3229〜3230 - 1993年10月 - 2006年 1月
3231〜3232 1993年10月 -
3233〜3234 1992年12月 1994年 9月 2003年12月〜2006年3月 (7251〜7252) 2006年 3月
3235〜3236 - 2003年12月〜2006年3月 (7253〜7254)
3237〜3238 - 1994年11月 - 2007年 3月
3239〜3240 1993年 5月 -
3241〜3242 1995年 2月 1995年 2月 - 2006年 3月
3243〜3244 - -
3245〜3246 - 1995年 2月 - 2004年11月
3247〜3248 1995年 2月 -
3249〜3250 1993年10月 1993年10月 - 2004年12月
3251〜3252 - -
3253〜3254 - 1994年 5月 - 2006年 3月
3255〜3256 1992年10月 -
3257〜3258 1992年 9月 1994年 5月 - 2006年 1月
3259〜3260 - -
3261〜3262 1993年 4月 1994年10月 - 2007年11月
3263〜3264 -
3265〜3266 1993年 8月 1993年 8月 - 2006年12月
3267〜3268 - 2004年12月
3269〜3270 1992年11月 1994年 7月 - 2006年11月
3271〜3272 - 2003年11月
3273〜3274 1992年 8月 1994年 4月 - 2003年11月
3275〜3276 - 2006年12月
3277〜3278 1993年12月 1993年12月 - 2004年11月
3279〜3280 - 2006年11月



※ 塗装変更1 : ファイアーオレンジベースにモーンアイボリー帯
※ 塗装変更2 : ライトグレーベースにレッド・ブルー帯の現行標準色



主要機器

(以下は更新・冷房化後のものを示す。北総にリースした車両も京成車号で示す)


制御方式・主電動機・駆動装置・台車 

制御方式 主電動機 駆動装置 歯車比 台車 搭載車両
抵抗制御 TDK-816-A (100KW) TDカルダン 78:13 KS-121A 3221〜3232・3253〜3264・3277〜3280
抵抗制御 MB-3097-C (100KW)
WNカルダン 97:16
FS-361A 3233〜3252・3265〜3276




補助電源装置

補助電源装置 搭載車両
BS483-B2
(118kVA・SIV)
3224・3225・3232・3233・3240・3241・3248・3249・3256・3257
CLG-355-B
(75kVA・MG)
3261・3264・3265・3268・3269・3272・3273・3276・3277・3280

※1 新製時は先頭車に5.5kvAのMG、CLG-319-E を使用していたが、更新・冷房化時に以上のものに変更。

※2 更新・冷房化時に中間化をした車両は、5.5kvAのMG、CLG-319-Eは撤去した。





空気圧縮機 

空気圧縮機 (CP) 搭載車両
AC-1000
(1110 l/min)
3221・3224・3225・3228・3229・3232・3233・3236・3240・
3241・3244・3245・3248・3249・3252・3253・3256・3260・
3261・3264・3265・3268・3269・3272・3273・3276・3280


※1 CPは、更新・冷房化直前のC-1000(1180 l/min、別名 A-3-K )の電動機を交流化。

※2 3221〜3264のうち上記に記した掲載車両は、ロータリー式AR-1 を使用していたが、更新・冷房化前の1980年代前半にV型気筒ベルト式の C-1000に変更。

※3 AC-1000のCPは京成社内名で別名 A-3-KA と呼ぶ。










車両アルバム






更新・冷房化後、ファイアーオレンジ塗装時代の3224

東中山   1990年4月27日

3224は6M車試験編成として1964年10月に汽車会社にて新製。落成時期は8M車3201〜3220とほぼ同期だった。
1980年10月にファイアーオレンジに塗装変更。
1987年12月に更新を行い写真の姿になった。
その後は1992年12月に先頭台車振替(先頭台車M化)、1994年9月に現行標準色に塗装変更した。
2003年12月、3233〜3236+3221〜3224の8両は帯色・社名変更のうえ北総にリースし、7250形7251〜7254+7255〜7258として活躍した。
2006年3月、京成に返却され、営業運転に戻らず北総色のまま廃車になった。

















先頭台車振替(先頭台車M化)直後の3224

お花茶屋   1993年1月2日
















更新・冷房化から日が浅かった頃の3225

京成津田沼    1987年5月30日



















晩期の3225

京成高砂    2006年10月5日

撮影時の2006年秋時点で、3200形6M車6両固定編成は、成田方から3225〜3228+3263〜3264と3261〜3262+3237〜3240の2編成が残っていた。




















更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3232

東中山    1993年2月28日

3232は1965年11月に日本車輌にて新製。
1980年12月にファイアーオレンジに塗装変更。
1987年7月に更新を行い写真の姿になった。
その後は1993年10月に先頭台車振替(先頭台車M化)と共に現行標準色に塗装変更した。
2006年1月、3229〜3232と4両単位で廃車になった。

















塗装変更後の3232

京成大和田    1994年1月30日



















塗装変更後の3233

船橋競馬場    1995年3月17日

3233は1965年11月に帝国車輌にて新製し、1980年8月にファイアーオレンジへの塗装変更。
1987年10月に更新・冷房化を行った。
その後、1992年12月に先頭台車の振替(先頭側がM台車になる様に)、1994年9月に現行標準色への塗装返事を行い写真の姿になった。
2003年12月末に3233〜3236と4両単位で北総にリースし、北総5250形7251〜7254と改番、2006年3月に京成に返却され廃車になった。

















更新・冷房化後、ファイアーオレンジ色時代の3233

船橋競馬場      1994年3月


















更新・冷房化後、ファイアーオレンジ塗装時代の3232

東中山    1992年11月23日

















晩年の3240    

国府台〜市川真間     2006年10月11日

3240は1966年9月に帝国車輌にて新製し、1981年1月にファイアーオレンジへの塗装変更。
1986年12月に更新・冷房化を行った。
その後、1993年5月に先頭台車の振替(先頭側がM台車になる様に)、1994年11月に現行標準色への塗装返事を行い写真の姿になった。
3000形の増備により2007年3月末に3237〜3240と4両単位で廃車となった。
















塗装変更後の3241

京成津田沼   1995年7月29日

3241は1966年9月に帝国車輌にて新製し、1981年6月にファイアーオレンジへの塗装変更。
1988年6月に更新・冷房化を行った。
その後、1995年2月に先頭台車の振替(先頭側がM台車になる様に)・現行標準色への塗装返事を行い写真の姿になった。
3000形の増備により2006年3月に3241〜3244と4両単位で廃車となった。
撮影時はt塗装変更から半年近く経った頃。



















更新・冷房化後ファイアーオレンジ塗装時代の3241

船橋競馬場       1992年3月8日





















更新・冷房化後、ファイアーオレンジ塗装時代の3248

船橋競馬場   1994年3月18日

3248は1966年9月に帝国車輌にて新製し、1981年7月にファイアーオレンジへの塗装変更。
1988年8月に更新・冷房化を行ない写真の姿になった。
その後は、1995年2月に先頭台車の振替(先頭側がM台車になる様に)・現行標準色への塗装返事を行なった。
3000形の増備により2004年11月に3277〜3278+3245〜3248と6両の編成単位で廃車となった。
撮影時は3241〜3244+3245〜3248と暫定 8両固定編成を組んでた。






















更新・冷房化前の3248

東中山    1988年3月24日
















更新・冷房化後ファイアーオレンジ塗装時代の3248

東中山       1989年4月1日

















更新・冷房化前の3256

東中山   1988年7月9日


















更新・冷房化t直後ファイアーオレンジ塗装時代の3256

東中山       1989年4月1日



















3200形6M車同士の優等列車退避 (左) 3280 普通 うすい行、 (右) 3256 急行 東成田行 

東中山   1996年9月下旬

1996年当時、特急・急行は6両優等運用も多くあったほか、普通運用も大半が6両運用だった。
よって、6両編成主力だった3200形6M車同士が退避することも多かった。



















更新・冷房化後、ファイアーオレンジ塗装時代の3249

東中山   1991年12月13日

3249は1966年10月に日本車輌にて新製。
1981年8月にファイアーオレンジに塗装変更。
1987年4月に更新を行い写真の姿になった。
その後は1993年10月に先頭台車振替(先頭台車M化)と共に現行標準色に塗装変更した。
2004年11月、3249〜3252・3267〜3268と6両単位で廃車になった。



























更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3257

青砥   1994年3月29日

3257は1966年10月に日本車輌にて新製し、1981年9月にファイアーオレンジに塗装変更。
1988年12月に更新・冷房化を施行。1992年9月に先頭台車振替(先頭台車M化)を行い、京急・北総線乗入可とした。
撮影時は先頭台車振替から1年半後の姿。 その後は、1994年5月に現行標準色に塗装変更、2006年1月下旬に廃車になった。






















更新後、ファイアーオレンジ塗装時代の3256

東中山   1993年3月

撮影時は、先頭台車の振替工事(先頭側がM台車になる様)が施工済だった。




















3265の先頭部車内

2006年6月24日






















晩年、3200形最後の4両として本線普通運用に就いた3261

菅野   2007年8月15日























全般検査入場中の3263

宗吾検車区   1996年8月9日

3263は1994年10月の重要部検査時に現行標準塗装に変更し、それから約2年後の1996年8月に全般検査を行い再塗装。
撮影時は車体の塗装作業を行っていた。
























千住大橋駅を通過する3264ほか6両

1992年7月14日

3263〜3264は、3200形のトップを切り1986年7月に更新を行った。
撮影時の1992年当時は、成田空港の幕で‘成田‘ 小文字、‘空港‘ 大文字のタイプも多く存在した。






















ファイアーオレンジ塗装時代の3268

菅野   1992年12月30日



















晩年、市川真間駅にて3600形3671とすれ違った3261

2007年6月29日



















更新・冷房化後、ファイアーオレンジ塗装時代の3268

京成八幡     1991年5月6日





















更新・冷房化後、ファイアーオレンジ塗装時代の3265

京成佐倉   1987年10月10日

3265は1967年11月に帝国車輌にて新製。
1981年9月にファイアーオレンジに塗装変更。
1987年3月に更新を行い写真の姿になった。
その後は1993年8月に先頭台車振替(先頭台車M化)と共に現行標準色に塗装変更した。
2006年12月、3265〜3266・3275〜3276と4両単位で廃車になった。

























更新・冷房化後、ファイアーオレンジ塗装時代の3269

谷津   1993年1月22日

3269は1967年11月に日本車輌にて新製し、1981年7月にファイアーオレンジへの塗装変更。
1987年9月に更新・冷房化。1992年11月に先頭台車の振替(先頭側がM台車になる様に)、写真はそれから2ヵ月後の姿。
1994年7月に現行標準色への塗装変更を行なった。
3000形の増備により2006年11月に3269〜3270+3279〜3280と4両単位で廃車となった。



















塗装変更後の3269

谷津    1995年7月29日





















重要部検査直後、3265〜3268の4両暫定編成を組んでた3268

東中山       1991年10月18日




















塗装変更直後、4両暫定編成で普通運用に就いた3272

京成西船      1994年7月24日






















更新・冷房化後、ファイアーオレンジ塗装時代の3272

東中山    1992年5月3日

3272は1967年11月に日本車輌にて新製。1980年7月にファイアーオレンジに塗装変更。1987年8月に更新を行い写真の姿になった。
その後は1992年11月に先頭台車振替(先頭台車M化)、1994年7月に現行標準色に塗装変更した。
2003年11月に、3271〜3272・3273〜3274の4両は3200形6M車初の廃車となった。


















更新・冷房化直後の3269(写真左)と、3265(写真右)

京成津田沼      1987年10月10日





















ファイアーオレンジ塗装時代の3273

大神宮下    1993年8月23日

3273は1967年11月に日本車輌にて新製。1980年4月にファイアーオレンジに塗装変更。1988年11月に更新を行い写真の姿になった。
その後は1992年8月に先頭台車振替(先頭台車M化)、1994年4月に現行標準色に塗装変更した。
2003年11月に、3271〜3272・3273〜3274の4両は3200形6M車初の廃車となった。




















塗装変更後の3276

海神    1994年4月10日






















ファイアーオレンジ塗装時代の3276

東中山    1993年1月31日















更新・冷房化から日が浅かった頃の3280

鬼越    1988年12月24日

3280は1967年11月に汽車会社にて新製。1980年2月に赤電形式のトップを切ってファイアーオレンジに塗装変更。
1988年4月に更新を行い写真の姿になった。
その後は1993年12月に先頭台車振替(先頭台車M化)と共に現行標準色に塗装変更した。
2006年11月に、3269〜3270・3279〜3280と4両単位で廃車となった。























ファイアーオレンジ塗装時代の3277

市川真間    1993年10月23日

3277は1967年11月に汽車会社にて新製し、赤電形式のトップを切って1980年2月にファイアーオレンジへの塗装変更。
1988年5月に更新・冷房化を行ない写真の姿になった。
その後は、1993年12月に先頭台車の振替(先頭側がM台車になる様に)・現行標準色への塗装返事を行なった。
3000形の増備により2004年11月に3277〜3278+3245〜3248と6両の編成単位で廃車となった。

















塗装変更後の3277

京成津田沼    1994年2月20日

















ファイアーオレンジ塗装時代の3280

東中山   1992年10月11日